「あなたもお父さんにとっては掛け替えのない娘でしょう」
和の言葉に寧々はこっちを見て笑った。何だかとても歪な笑顔。
「あったり前じゃない。変な事聞かないでよ、和」
さっき迄とは打って変わった明るい顔で寧々は答えた。表情がコロコロ変わるのは心が不安定な証拠だ。
「そう」
寧々の中にもいろんな葛藤があるのだ。それと一生懸命折り合いをつけているのだと思った。日頃の寧々を見ているとそんな事は微塵も感じないが。
「和は会いたくないの?」
「誰と?」
「お父さん」
「お父さん?」
「だってどこかで生きているのでしょう」
「ああ」
父親の事は全く考えた事がなかった。母に酷い男だと言われ続けているうちにいつの間にか思い出す事すら無くなっていた。そう言われてみると確かにどこかで生きているかも知れない。死んでいるのか生きているのかという事すら考えなかった。
「考えた事なかった」
「考えないの?自分の父親なのに?」
「父親がいる事自体忘れていた。私と母を裏切って捨てた男だとしか思っていない」
「ああ、そういう事。なら要らないか」
寧々はあっさりとそう答えた。ちょっと不思議な気がした。やはりアメリカ生活が長かったせいだろうか、日本の女の子ならもっと根掘り葉掘り色んな事聞いてきそうだ。
「そうだ、和ってここの家の養子になっているの?」
「そうだけど?」
「じゃ、叔父さん、叔母さんってお父さんとお母さんになるのじゃないの?」
「それは…そうだけど」
「どうして叔父さん、叔母さんって呼んでいるのお父さん、お母さんじゃ駄目なの?」
「駄目ってわけじゃ…」
それは和自身も考えた事はある。ただ叔母の家に引き取られたのは母が死んだ年、和はもう中学一年になっていた。それ迄叔父さん、叔母さんと呼んでいたから改まってお父さん、お母さんと呼ぶ事に戸惑ってしまった。叔父も叔母もそれを強要はしなかった。それでそのまま現在に至る。
「呼んであげたら喜ぶんじゃないの」
それも分かっている。子供の出来ない叔母には幼い時から可愛がって貰っている「和ちゃんが私の娘だったら良いのに」とよく言われた。和も叔母が母だったらと何度も思った事がある。それが現実になった時、正直嬉しかった。和が叔母の事を「お母さん」と呼べばきっと喜ぶだろう。
「分かっているけど…」
「まあ、そう簡単じゃないか。今までの呼び方変えるってなんか照れ臭いもんね」
寧々はそう言って軽くウインクした。
「やっぱり、和とは仲良くなれそう」
「何それ?」
「だって、私達、似ているもん」
「どこが?」
「二人共、誰かを殺したいと思った事があるなんて、凄いと思わない」
「凄いって…」
「だって、私達まだ高校生だよ。なのにそんな共通点があるなんて凄い偶然。これってきっと運命の巡り合わせなんだよ」
「私とあなたは全然違うわ」
「違わないよ、二人共同じ高校の高校生、十七歳。おんなじクラスで、二人共母親がいない。こんなに共通点がいっぱいある。これで友達にならないってそっちの方が不自然でしょう」
友達――もう長い事そんな風に誰かと関わっていない。それが普通になっているし、そっちの方が楽だと思っている。今更誰かと友達になるという事自体ピンと来ない。
「友達って、よく分からないわ。友達の定義って何?一緒に学校へ行って、一緒にお弁当食べて、共通の趣味を持ったりとか?そういうのって何が楽しいのか分からない。一人で出来る事をわざわざ誰かと共有する必要って何なの?」
「うーん、そう言われると答え難いなあ。だいたい、友達にそんな理屈いらないじゃん。合うか、合わないか。一緒にいて楽しいかどうかでしょ」
「でもわざわざこれから友達になりましょうって言って友達になるものなの?そっちの方が不自然な気がする」
「成程、そう言われてみればそうだ。じゃ、自然に任すという事で。和とはこうやって段々と近づいている気がするし、これって自然な流れっていう奴やつ?ねっ」
その言葉に返す言葉が見つからず詰まってしまった。やはり寧々の方が上手、という感じがしてしまう。それにちょっと紫園寧々という人間に興味が湧いた。寧々の生い立ちには何かがあるようだ。何か秘密を抱えている、それが何か分からないがただ単に明るいだけの人間ではなさそうだ。それともそんな風に考える事自体、既に寧々の術中にはまっているという事かも知れない。和があまりにも素っ気無いから寧々は自分に興味を持たせる為にあんな風に意味深な物言いをしたという事はあり得る。本当はなんにもないのかも、そんな事を思っている自分に気付いて和は苦笑した。こんな風に誰かの事を考えるなんてなかったのにと。
「何、何が可笑しいの?」
「何でもない、ただ、すっかりあなたのペースに乗せられているなって思ったのよ」
「まだまだ、和は手強いもん」
「手強いって何よ」
「一筋縄ではいかないって事よ」
「あなたもね」
こんな風に自然に会話をしている自分の事が何だか不思議に思えた。不思議に思えたが少し楽しい気分にもなった。こんな気持ちになったのは随分と久しぶりの様な気がした。