「どうって、なんであんな質問したのかなって思って。面白がって言ったんなら悪趣味だと思うから」

面白がっているように見えていたのだろうか、浩太は朝陽にそんな風に話したのかと思う。

「おい、朝陽、もう良いよ」

「良かないよ」

「そんな悪趣味じゃないわ」

「じゃ、何だよ」

和は徐に眼鏡を外して浩太を見る。こうすれば気付くかもしれないと。

浩太はそんな和を不思議そうな顔をして見る。やはり気付きそうにない。

「上條君に興味があったのよ」

和がそう答えると朝陽の表情が少し険しくなった。

「興味って、それって面白がっているって事じゃないか」

浩太の事にこんなにムキになる人間がいる。和にはいない、人に知られたくない過去でも和と浩太では全然違うのだという事を改めて思い知らされる。同じなら良かったのに、起こった事が和自身ではなく、和の母も浩太の母と同じように殺されたのだったら良かったのに。そんな理屈に合わない思いが湧き出る。

「違うわ…同じだからよ」

無意識にそんな言葉が口を突いて出た。

「同じって?」

朝陽と浩太が同時に聞き返す。

「私の親も殺されたの」

どうしてこんな事を言ってしまうのだろう、言葉が和の意志ではなくまるで誰かに操られているかのように出てくる。和の言葉に二人は驚きを隠せない表情をしている。

(どうしよう…)

こんな嘘は直ぐにばれる。何でこんな事を言ってしまったのだろう。

「殺されたって…?」

朝陽がゆっくりと聞き返す。ほんの短い時間の中で和の頭の中で色んな考えが目まぐるしく動いている。

(そうだ)

嘘でなくなれば良いのだと思う。ある意味、母は殺されたようなものだ。あの男の存在が無ければあんな事にはならなかった。和の脳裏に部屋の中でぶら下がっていたあの母の姿が浮かぶ。母はあの男に殺されたようなものだ。そう、これは嘘ではない。そう思っていたらある事を思い出した。。浩太の母はその祖母に殺された。被害者の身内でもあり、加害者の身内でもある。和にもそういう身内がいた。父親だ、母が常日頃言っていた。父は犯罪者だと。下手をすれば相手の女性だって死んでいたかも知れない。人殺しになったかもしれない人なのよ、と何度言われたか知れない。

「そう、そしてある事件の加害者でもあったの。だから上條君に興味があったの。似ていると思ったのよ」

そう似ていると思ったのだ、それは確かだ。人に言えない過去を持っている。なのに和とは全然違う日常を送っている浩太が和には時々不思議な生き物のように見えたのだ。

「事件って?」

「それは…言いたくない」

浮気して逃げた女性を追い駆けて襲って怪我をさせたなどと恥ずかし過ぎて言えない。おまけに母親は人の家庭を壊して相手の男を家に引きずり込んだ。和にしてみればどっちもどっちだ。親が恥ずかしい人間だから和もあんな辱めを受ける事になったのだ。何もかもあの親達のせいだと思えてくる。

「でも、深見さんは浩太のお母さんの事件知っているのだろう、自分の事は話さないって不公平じゃない」

それのどこが不公平なのだと思う。和は別に浩太の口から彼の過去を聞いたわけではない。不公平なのはそんな事じゃないという声が心の奥から聞こえてくる。

「い、良いよ、朝陽。誰にだって触れられたくない事はあるから」

浩太が朝陽を制する。

「でも深見さんはそれに触れたんだから、自分だけ話したくないから話さないっていうのは筋が通らなくない?」

「私は、別に上條君から聞き質して知ったわけじゃないわ。偶々知っていただけだもの」

「それでも」

人間など元々みんな不平等だ。もし平等なら和だけがこんな思いを抱えて生きていかなければいけないなんて筈がない。そう言えば体育祭の開会式の時、校長先生もそんな事を言っていた。聞いた時、和はとても共感した。何でも平等になんて言っている方がおかしいのだ。人は人それぞれみんな違う。

「人生はすべからず平等ではない」

「え?」

「今日、校長先生もそう言っていたじゃない。公平を求める事に何の意義があるの?人は元々不平等に出来ているのよ。生まれたところが違うだけで人生は全く違うものになる。でもそれに抗議したって始まらない。今いる場所で出来る事をするだけ、そうでしょう?」

そう思わなければ生きていけない。父親が女を追って出ていき、母親は男を連れ込み、和はその男に襲われ、挙句の果て、母は当てつけの様に自殺した。でも世の中の大半の人はこんな経験をしていない。普通の家庭に育ち、両親に守られるのが当たり前の生活をしている子達の方が多いのだ。そういう子達と和が平等だなんてどうして思えよう。もっと辛酸な目にあっている人もいるかもしれない、でも今の和にはそんな事まで思いやれない。自分の背負ってしまった重過ぎる荷物だけで精いっぱいなのだ。

「それは…そう、かも知れないけれど、でも、それとこれは」

朝陽は尚も何か言いたそうであったが和はそれを無視した。

「じゃ、上條君、明日のホームルーム宜しくね」

(あなたにはこんな風に思ってくれる友達がいて幸せね)

心の中でそんな言葉を付け加えて和は教室を後にした。何だか言わなくて良い事を沢山喋ってしまったかのように感じた。いつもの和のペースが乱される。浩太を前にすると調子が狂う。否、浩太だけではない。きっと朝陽がいた事も影響しているのだ。あの天真爛漫で物怖じしない明るさは時々眩しく感じてしまう。何の屈託もないあの笑顔に幸せな過去が、環境が見える。きっと普通の家庭で普通に生きて来たのだ。和には縁のなかった世界。そんな朝陽が傍にいるから浩太も笑っていられるのかも知れない。朝陽と一緒にいる事で浩太は普通の世界で、光の中で生きていられるのではないか、そんな風に感じる。和がもう決して出られない陽の当たる場所。名は体を表すというが朝陽は本当にその名の通りの人物だ。あんな風に生きていく人生を神様はどうして和から取り上げてしまったのだろうと思う。例え貧乏でも良い、父親が出て行ってもせめて母と二人で仲良く生きて行けたならそれだけでも良かったのに。叔父と叔母は優しい、和にとても気を使ってくれている。そういう部分ではきっと恵まれているのだ、そう思う事もある。でも完全に心を開く事が出来ない、叔母だって、和に起こった事を知ればきっと蔑むに違いない、和の事を汚く思うに違いない、どうしてもそう思ってしまう。何より、和自身が一番、自分の事を汚れてしまっていると思っているのだ。この汚れは一生落ちないと。世の中には神様に愛されている者とそうでない者がいる、和は神様に嫌われているのだとそう思った。

 

 

    <参拾捌(三十八)へ続く>