弐拾壱 | タイトルのないミステリー

タイトルのないミステリー

おもにミステリー小説を書いています。
完成しました作品は電子書籍及び製本化している物があります。
出版化されました本は販売元との契約によりやむを得ずこちらでの公開不可能になる場合がありますのでご了承ください。
小説紹介HP→https://mio-r.amebaownd.com/

「浩太、深見さんの事だけど、」

部屋に入るなり朝陽は口を開いた。さっきから何か話したそうにしているなとは感じていた。

「何?」

「この間、偶然小学校の同級生に会ったんだ。中学は違うから浩太は知らない奴だけど、その同級生、ずっとサッカーやってて話聞いていたら深見さんと同じチームだったんだって」

「何て名前?」

和と同じチームなら試合はしている筈だ、顔ぐらいは知っている可能性ある。

「大谷、大谷優斗」

「大谷?なら覚えているよ。喋った事はないけど、確かキーパーじゃなかった?」

「そうそう。ゴールキーパー。覚えているんだ」

がっちりした体格と四角い顔、そんな印象だった。強いキーパーで彼がいるとどんなボールも弾かれてしまうような気がしていたのでよく覚えている。

「その彼が何か言ってたの?」

「ほら、深見さん、お母さんが亡くなってサッカーやめたって言っていたじゃない。でもそうじゃないみたい」

「そうなの?」

「小学校卒業する前にやめたらしいよ。それも何かお母さんが原因らしい」

「お母さんって?」

「なんか深見さんのお母さんって、結構派手な感じだったらしくて他のお母さん達からちょっと浮いていたんだって」

さっき舞奈もそんなような事を言っていた。

「でもまあ、言われた役回りとかはちゃんとするし、子供の差し入れとかも良くしてくれるから周りも派手なところは見て見ぬ振りみたいなところがあったんだってさ、それに深見さん自体は他のお母さん方にも結構可愛がられていたんだって、紅一点の女の子だったしね、六年生になった頃迄は」

「迄?」

「うん、それが六年生になった夏休みぐらいから変な噂が立ち始めて…」

「変な噂って?」

「深見さんのお母さんとサッカーのコーチが何かあるんじゃないかって、」

「何かって、その、男と女みたいな?」

「まあ、そうだろうな」

「何で、そんな噂が出たの」

「誰かが夏休みに深見さん達とコーチが一緒いたのを見たらしい。それも練習の後とかじゃなくてね、随分と仲が良さそうだったって。でも夏休み終わってそう言われた深見さんはお母さんと一緒に買い物していた時に偶然会ってファミレスでランチしただけだって言っていたらしいけど。噂って一度立つと尾ひれはひれ付くからね」

人の口に戸は立てられない、それは浩太もよく知っている。

「でもそんな噂が立って、深見さんの事も色々言われるようになったんだって」

「なんで?」

「チームに一人の女子だからね。母親の血を引いているから、あんな男みたいな恰好して胡麻化しているけれど裏じゃ息子達に色目使っているんじゃないかって」

「色目って…まだ小学生じゃない」

「そうだけどね、多分、独身でいつも綺麗にしていた深見さんのお母さんにやっかみとかあったんじゃない?それであっという間に噂が広がった、そのうち深見さんのお母さんに対して嫌がらせ?みたいな事が始まったって」

「嫌がらせ?」

「深見さんのお母さんが持ってきた差し入れとか食べ物とかは子供達に食べさせない、触らせないみたいな。細かい事まで上げればきりがないって。結構あからさまなやり方だったから当然子供達にだって丸分かりだ。それで段々とチームの雰囲気もおかしくなって深見さんはチームを辞めたんだって」

そんな事があったのかと思った。みんなととても仲良くやっていたように見えていたのに。ちょっとした事で歯車は狂ってしまう。

「でもそれだけじゃ治まらなかったって」

「まだ何かあったの?」

「その後、深見さんのお母さんとそのコーチが今度はラブホから出てくるところを見られてしまったんだって、しかも全然違う町で。それって知っている人のいないところを選んだって事でしょう、つまり密会していたって」

「じゃ、それは噂じゃなかったって事?」

「そこはよく分からないんだけど。大谷の話じゃその夏休みが明けるまで特別親しいような印象はなかったって。でも深見さんのお母さんが皆に嫌がらせをされるようになってコーチが庇うようになったって。そのコーチって結構お母さん達に人気があったから余計、他のお母さん達の気に入らなかったのかもって」

「じゃあ、その噂が逆に二人を親密にさせてしまったって事なんだ」

「多分、そうじゃないかって。大谷もその頃はまだ小学生だったしね、そんな細かいところまで分からなかったけど今になったらそう思うって。でもそのラブホ目撃事件が結構問題になってね、結局コーチもチームを辞めさせられる事になったって」

ほんの些細な心無い言葉がどんどんと現実を変えて行ってしまう事になったのだと浩太は思った。

「それでその事に腹を立てた深見さんのお母さんが今度は嫌がらせをしていた中心人物の家に乗り込んだらしい。で、揉めて大事になったらしいよ、お母さん、その人物を切りつけたとか」

「切りつけた?」

「なんか、そんな話が流れたって、実際、その相手の人物は暫く家から出てこなくなったらしいし、偶に見かけた人が顔に包帯って言うか、大きなガーゼ張っているの見たって。真意のほどは分からないけどね、なんか、それでみんな何も言わなくなったて。大谷のお母さんは仕事があって滅多に同行しなかったからそんな事があったなんて後から知っただけだったらしい。でもあの嫌がらせをしていた仲間に自分の母親がいなくて良かったって心底思ったって。特に中学入って深見さんのお母さんが自殺したって聞いたときは」

「じゃ、もしかして深見さんが言っていたある事件の加害者ってその事なのかな」

「さあ、そうかも知れないけど、それが警察沙汰になったとかは聞いていないそうだし、事件だったのかどうかも分からないって。実際にあった事なのかただの噂だったのかもね。偶々その相手の人物が怪我をしたのがそのタイミングだったからそう言われただけなのかも知れないし。人の噂なんてどこまで本当の事かなんて分からないだろう」

確かにそうだと思った。でももし、それが全部事実だったとしたら和の胸中はどんなだったか計り知れない。

「それはそうと、浩太、その深見さんがいたチームのコーチの顔覚えている?」

そう言われて思い起こそうとするが、はっきりとした輪郭は出てこない。何度か見ている筈ではあるが。

「大谷が当時の写メが携帯に入っているっていうから見せて貰ったら、なんか気になったんで俺のに送って貰ったんだ。ちょっと見てみて」

そう言って朝陽は机の上に置いてあった携帯を広げて浩太に見せる。浩太はその画面を覗く。それを見てああ、そうだこんな顔だったと思う。色黒で精悍な感じの顔立ち、いかにもスポーツマンという感じだ。

「それ、誰かに似ていない?」

朝陽の言葉に浩太はその顔をじっと見る。

「誰かって…」

考えていたらこの間、和に絡んでいた男の顔を思い出した。あの男は写メの中の顔と比べると随分窶(やつ)れている。この頃から五、六年は経っているとは言え、十歳以上は老けていたように感じる上にどこか荒んでいたようにも見えた。

「な、似てるだろう」

朝陽の言葉に浩太は頷く。印象はまるで違う様に見えるが確かに同じ男のように思える。

 

 

     <弐拾弐へ続く>