百六 | タイトルのないミステリー

タイトルのないミステリー

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 昨日の夢のような気がした。鬼の夢だったのだろうか。少し違うように思う。考えまいと瑞希は土を掘り続けた。時間はあっという間に経ちいつの間にか辺りは夕陽で赤く染まっていた。

「今、何時?」

「さあ、何時かしら。」

「この空の感じだと六時くらいじゃないの?」

「そうだよね、そろそろ疲れたね。」

「うん、今日はここまでにする。」

「うん、でも、ちょっと待って。あと少しだけ。」

そう言って杏奈が自分の足元の土をかんかんと叩くように掘っていた。

「何しているの?」

「なんか、ここに固い土があるみたいで、中々掘れないの。中途半端だからここだけすませてしまいたいわ。そしたら明日は植えることに専念できそうじゃない。」

「そうね、じゃ、瑞希の持っている大きな方のスコップ使えば?」

「じゃ、私やるよ。」

瑞希はそう言うと片手にスコップを持ったまま杏奈のいる場所へと移動した。夕日に反映して影絵のように見える瑞希の姿が何処かで見た映像のように真理子の目に映った。

(何?)

黒い影が何かを片手に動いている。何だろう、最近見たような気がする。頭の中につい最近見た夢がフラッシュバックのようにぱっと浮かんで消えた。

(え・・・。)

瑞希の影とその夢の影が被る。ああ、あの影はスコップを持っていたのだと思った。そう思ったとき、昔熱を出して寝込んでいた時に窓から見た鬼の姿が蘇った。そうだあの鬼もスコップを持っていた。何かを掘っていた?それとも、何かを埋めていた?

「ほんと、硬いね。」

瑞希はそう言ってスコップの片側に体重を乗せるように片足を掛けて掘り起こそうとした。そんな瑞希を見ているうちに真理子は心臓が早鐘のように波打つのを感じた。土に刺さったスコップに瑞希が力を入れると何かに当たったような感触があった。

「何だろう、石でもあるのかな?」

「少し、まわり掘ってみるね。」

瑞希の動きが止まると今度は杏奈が小さなスコップで周りの土を砕き始めた。コツコツと土を掘っていると何かが目に入った。

「何か・・あるみたい。」

「何?」

黒いビニールのシートに包まれた物が土の中から顔を出した。

「何・・かしら。」

二人でそれを掘り起こしてみるとビニールの中には鉄か木なのか分からないが長方形の四角い箱が包まれているような感じがした。

「何だろう、宝箱?」

「宝箱?」

そう言われてみるとそれは映画とかに出てくる宝箱のような形に見えた。だが二人の頭の中には宝箱ではない他の物が浮かんで顔を見合わせた。

「まさか・・それって。」

二人の脳裏を同じ言葉が過ぎった。

「鬼の・・本体・・・?」

二人は思わずその物体から後ろに下がった。

「違う!」

その二人の間をすり抜けるように真理子は身を乗り出すとその土で覆われたビニールの箱を抱え込んだ。

「違う、これは・・これは鬼なんかじゃない!」

真理子は今はっきりと思い出した。

「これは・・この子は、私の弟よ。」

そう言って真理子はその物体を泣きながら抱きしめた。

(ごめんなさい・・こんなところに長い間ずっと一人ぼっちで放っておいて。)

自分の腕の中の物に真理子は心の中で語りかけた。忘れていた事が次から次へと真理子の頭の中に溢れた。あの時、母を発見したあの時母の下にあった赤い塊は紛れも無く母の産み落とした胎児であった。真理子は自分が見ていた全ての事を思い出した。全部知っていたのだ。この子の言うとおり――

 夕闇の中で土に塗れた包みを抱きしめたまま真理子はいつまでも泣いていた。そんな真理子を瑞希と杏奈は声を掛ける術も無くただ見ていた。




  <百七へ続く>



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