頬を伝う涙の感触で杏奈は目が覚めた。眠ったまま泣いていた。涙を手で拭いながら杏奈は身を起こした。何故泣いているのか分からなかった。何か、誰かの夢を見ていた。胸が温かくなるような、でもどこか苦しい、そんな気がした。夢の中に男の子が出てきたような気がしたが顔は思い出せなかった。ふと頭の中に聡の顔が浮かんだが慌ててそれを打ち消して部屋の中を見回すと眠っているはずの真理子と瑞希の姿が見えなかった。

「真理子、瑞希。」

杏奈はベッドから降りて声に出して呼んで見たが返事が無かった。

「真理子―、瑞希―。」

部屋の扉を開けて廊下に出てもう一度呼んだ。すると階段の下から二人の笑い声が聞こえてきた。杏奈は声のする方へと足を向けた。階段を下りてリビングに続く廊下を曲がると真理子と瑞希が廊下に座り込んで笑っていた。

「何をしているの。」

「あ、杏奈。」

杏奈の声に二人が同時にこちらを見た。

「鬼の話をしていたら、」

「鬼?」

「そう、真理子が変なこと言うから。」

「変なことって?」

「鬼の人種とか。」

「人種?何のこと。」

「だから種類の違う鬼は人種が違うのかどうか、とか。」

「?」

瑞希の言っていることの意味がよく分からなかった。

「意味がよく分からないわ。でも、なんだってこんなところで話しているの。」

「それは、」

瑞希が少し考えるような仕種をすると今度は真理子が答えた。

「目が覚めて横を見たら瑞希が居なくて、トイレにでも行ったのかなと思ったのだけど中々帰ってこないから部屋の外に出てみたら階下(した)から瑞希の叫ぶ声が聞こえたの。」

「瑞希はここで何をしていたの。」

「私、誰かの助けてって言う声が聞こえて・・でも夢の中だと思っていたのにいつの間にかここへ来ていたの。」

「夢の中でここまで来たの。」

「うん。でも夢じゃなかったのかな。」

「どんな夢?」

「それは・・・。」

「般若の鬼がでて女の人を襲っていたのだって。」

「それで、なんで笑っていたの。」

「真理子がいつも真理子の見る鬼と般若は違うって言うから、」

「鬼の人種が違うのかもって。」

こうやって説明するとそんなに笑うような話ではない。でもさっきは何故か可笑しくなってしまった。その前に感じた恐怖のせいで気持ちが高ぶっていたのかもしれないと瑞希は思った。

「人種ねえ。」

杏奈は首を傾げた。

「ねえ、もしかしたらこの部屋に何かあるのかも。」

瑞希はそう言って鍵の掛かった目の前の部屋を見た。

「でも鍵が掛かって入れないわ。」

「どこかに鍵は置いてないの。」

「前に何が置いてあるのか気になって鍵を探して見たのだけれど見つからなかったからきっとおじい様かおばあ様が持って出ているのだと思うわ。」

「でもそれってなんか変じゃない。」

「変って。」

「いくら大事なものが置いてあるからって真理子しか居ないのに鍵を掛けて入れないようにしているなんて。普通なら大切なものがあるから気をつけてねって言うくらいで良いんじゃないの。まるで真理子をこの部屋に入れたくないみたい。」

瑞希にそう言われるまでもなく真理子も少なからずその疑問は持っていた。そう思って以前、祖父母にこの部屋のことを聞いてみた事もある。だがその時二人はとても厳しい顔をして話を逸らした。ここには聞いてはいけない何かがあるということはずっと感じていた。

「ね、入って見ようよ。」

瑞希がまるで何かを企むような顔をしてそう言った。

「でも、どうやって?」




  <五十八へ続く>




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