深夜2時、祖父の運転する車に乗って祖父母の家に向かった。
到着するまでの1時間、祖父も祖母も私にあまり何も聞いてこなかった。
その日は眠れなかった。
祖父はもう一度寝ると寝室へ行ったが、祖母は1度目が覚めたら眠れないからと、私とこたつに入って昨日の夕飯の残りを一緒に食べた。
ここなら頑張れるかもしれないと思った。
学校もまともに行けなくて、ピアノも弾けなくて、毎日起きて寝るだけで精一杯だった壊れかけの自分を、修理できるかもしれないと思った。
朝起きたらお弁当があって、帰ってきたら夜ご飯があって、日曜の夜には綺麗な体操服があって、私がすることは勉強とピアノ。
本当は、こんな普通の暮らしが自分に向いていないことは分かっていた。
きっと長くはもたないとも思っていた。
窮屈になってしまう未来も見えた。
それでも、私はまだ16で、未成年で、他に選択肢なんてなかったから。
とにかくどんどん崩れていく自分の中の何かを堰き止めることだけで頭の中がいっぱいで、ちゃんとしないと、という考えに押しつぶされそうになっていた。
気づくと、あっという間に朝が来た。窓の外には、山の上だからこその素敵な景色が広がっている。
少し気持ちが落ち着いてくると、置いてきてしまった弟と妹に対して罪悪感が湧いてきた。
あの家で、2人が不自由なく暮らす姿なんて想像できなかったから。
連れてこないと。
そう思ったけれど、私が出来ることなんてなくて、ただただごめんなさいと思い続けた。
私はまだスマホを持っていなかったから、祖父母の家に来た初日は3人で携帯ショップへ行ってスマホを買った。
それで弟に連絡したかったけれど、弟もまだスマホを持っていなかったし、家の電話に掛けて電話番号がバレることを恐れた私は何もしなかった。
そして私が家を出てから2日目の夜、家の電話から祖母の携帯に電話がかかってきた。泣いた弟からだった。
「もう帰ってこないの?迎えにきて。一緒にそっちへ行く。お願い迎えにきて。」
その日は弟の入学式で、帰ってきてから母が買い物へ出たタイミングを見計らって電話をかけてきたらしい。
すぐに向かった。祖父母と3人で車に乗って。
弟のことを全て理解できているなんてもちろん思わない。
でもきっと、彼も限界だった。
迎えに行くまでの1時間、ここ数週間の弟が思い浮かぶ。
母が家にいない間、2人でスーパーに買い物に行った。
食材を選んでちょっとお菓子も買って、大きな袋を持ちながら急な坂道を登って家まで歩いた。
妹を寝かしつけた後、2人でお菓子を食べながらドラマや映画を観た。
この時間がなかったらやってらんないよねーと言いながら、時々ボードゲームなんかもして遊んだ。
鍵を閉めて母を入れなかった私に、辞めようよ、もう開けようよと訴えてきたのに、私は聞かなかった。
そして、弟が眠ってる間に家を出た。
弟が生まれてからの12年間、お互いにずっと支え合ってきて、色んな困難を一緒に乗り越えてきたのに。
ずっと昔から、私にとってはまるで同い年みたいで、弟というより、友達というより、仲間だったのに。
電話越しに聞こえた弟の涙声が離れない。
「昨日目が覚めたらさ、いなくなってたから。きっとおばあちゃん家に行ったんだなと思って。今日だって入学式になんか行きたくなかったけど、なぜかあいつ(2人目の父)も来て出席しだすしさ。もう無理だよこのまんまやってくとか。たった2日なのにもう無法地帯だよ。食器洗いも、洗濯も、ご飯も、もう何もやりたくない」
私は後部座席で、膝に顔を埋めてこっそりと泣いた。