祖父母の家で暮らし始めて1週間後、伯父がやってきた。
車で4時間ほどのところに住んでいるのに、わざわざ週末の貴重な休みを使って飛んできてくれたことな嬉しかった。

伯父は、母の7つ上の兄だ。


母は伯父とも仲が悪かった。
ほとんど連絡も取っていなくて、滅多に会うこともない。

母からよく聞かされた話がある。

「親戚同士で集まった時、従兄たちはみんなお兄ちゃんと同じくらいの歳の男の子ばっかりだったの。その子たちにいっつもいじめられて、でもお兄ちゃんは賢くて要領のいいみんなのお気に入りだったから、大人は誰も助けてくれなかった。
小さなスプーンやフォークまで完璧に並べたシルバニアファミリーのお家を、お兄ちゃんたちが『地震だー!』って言って全部ぐちゃぐちゃにした時は声も出なかった。
『仕方ないよ、地震だもん。勝手に来ちゃうもんなんだよ』って言われた時は、確かに地震だからしょうがないなって納得してたの。今思ったら馬鹿みたい。
いつも大人が見えないところで意地悪する。こたつの中で足をつねってきたりもした。私がやめてよ!って大きな声を出すと、お兄ちゃんは俺なんもしてないのに!って言う。それで、私が静かにしなさい!って怒られるの。」

伯父が小学校高学年や中学生くらいの話だ。
どの男の子もそう言うことをするものだろうとも思う。
でも他の子たちと違ったのは、母に助けてくれる大人がいなかったことと、母が全て覚えていること。



母と離れる半年ほど前、一度だけ伯父の家族たち(伯母と一つ年上の従兄)と会ったことがある。

私と弟が訳あって祖父母の家に2泊3日で泊まりに行った時だった。
2日目の朝早くに起こされて、今から出かけるから準備しなさいと言われた。
どこに行くのかも分からず弟と祖父母と車に乗って、しばらくしてから、京都に向かっていると気がついた。
しかし問い詰めても、サプライズだから言えない、と言う。

到着して、なんだかいかにも京都を感じる和風なお店に入ると、そこに伯父とその家族がいた。
すごく久しぶりだった。
母は親戚の集まりにもほとんど連れて行ってくれなかったから、確か約8年ぶりだ。

私と弟が祖父母の家に泊まりに来ることを聞いた伯父が、久しぶりに会いたいからとわざわざ来てくれたらしい。
丸一日、みんなで遊んだ。素敵な景色を眺めて、写真を撮って、いっぱい美味しいものを食べた。

帰り際に、伯父が私を呼んだ。みんなから離れてそっちへ行くと、伯父と従兄と伯母の電話番号が書かれた紙を渡された。
なんかあったら、いつでも連絡しろ、そう言って。そしてこう続けた。

「おじさんはなぁ、お前のママとは、なんていうか、ちょっと合わなかったんよな。でも、お前らのことはおじさんもおばさんもこいつ(従兄)もみんな大好きやから。お前らのために、って思ったらなんでもできるから、困ったらいつでも飛んでいくから。」

言葉を選びながら、丁寧に、丁寧に伝えてくれた。とてもありがたいことだと思った。

そんな伯父だから、私と弟を心配して祖父母の家に来ると、たくさん話を聞いてくれて、これからどうしていくのか、色んなことを考えてくれて、協力してくれた。

もちろん、言葉では表しきれないくらい感謝している。
一緒にいても楽しかったし、これからは会いたい時にいつでも会える、また従兄とも一緒に旅行に行ったりできると思うとすごく嬉しかった。

でも伯父といると、ある記憶で常に頭の中が支配されていた。


あれは確か2.3歳の時で、私がまだやっと話し始めたくらいの頃。
伯父が私をいじめていた記憶。

祖父母の家で、私が歩いていると急に物陰から伯父が出てきて脅かしてくる。
次は私が遊んでいると、部屋の電気を消したり、鬼がくるぞーっと怖い声を出す。
泣いたらやめてくれた。ごめんごめんと私を抱きかかえた。

すると母が叔父の腕から泣いていた私を引き剥がして、声を荒げる。
「何もしないで!私の子だから!」
祖父母が言う。
「まあまあ。冗談じゃない。これくらいで甘やかしてたら強い子にならないよ。」
伯父も私に向かって言う。
「ごめんな、やりすぎたな、もうしないから。」

母はそれでも怒り続けて、私を抱きかかえながら喚き続ける。
「もう一生あんたたちになんかこの子のこと触らせないから!」

脅かしてくる伯父よりも、
暗闇から聞こえる鬼の声よりも、
涙を流しながら怒っている母の方が怖くて、私も泣いた。

驚くほど鮮明に残っている記憶。
そしていつもそれと同時に頭に浮かんでいるのは、いじめっ子からダンボを守るために捕まったあの悲しい母親ゾウの姿だった。