4月のはじめ、母が家に帰ってきた。

時間は深夜で、そろそろ眠りにつこうとしていた時だったため、ほとんど話すことなかった。

朝が来て、私は相変わらずお昼の歴史の授業から学校へ行き、放課後学校からそのままピアノのレッスンへ向かう。

母がいなかった10日間、ほとんど練習ができていなかった。
時間がなかったからとか忙しかったからとかそんな理由は言い訳に過ぎない。

時間なんて、いくらでもあった。

ただ、集中できなくて、ピアノの前に座っても、自分が指を動かすことで音が鳴るという、そんな簡単なことが理解できなかった。

触れないし、弾けない。

大好きなはずのものが、私からどんどん遠のいていって、分からなくなる。


その日のレッスンは、ほとんど覚えていない。
記憶にあるのは、先生から
「あんまり弾いてない?」
と聞かれたことと、
迎えに来た母に、先生が
「全然弾いてなかったみたいで、今日のレッスンでもあんまり身が入らなかったみたいで、、、」と話していたこと。

悔しかった。
今年のコンクールはどれも上手く行かなくて、
今度こそはと思って弾き始めた曲も、まともに楽譜を読むことすらできない。

これまで母に、もっと練習しなさいとは言われたことはなかった。

好きだったから、言われなくても弾いたし、たくさん弾いていたから、結果もついてきた。

しかし、その日の母は違った。
帰りの車の中で、母はこう言った。

「もう、辞めるの?弾かないなら、続けてる意味ないでしょ。」

その通りだと思った。
もっと頑張らないと、と。


でもそんな気持ちも、次の一言でどこかへ消えた。

「あんたのピアノがあるからあの家に住み続けなきゃいけないのに。」

母は、児相の職員が訪ねてきたあの日から、時々私にこう言った。

どこかへ引っ越そうか。

でも、できなかった。

その理由のひとつにピアノがあることは、薄々気づいていた。

ピアノが続けられるところとなると限られてしまうし、条件も難しくなる。
何より家族同然の先生とは離れて、他の人に教えてもらうことになる。

気づいていた。
分かっていたけれど、直接言われるとどう受け止めたらいいのか分からなくなってしまった。

このまま母といても、共存も共生も協調も何もできないと思った。

自分とは違う人間を避け、自分には理解できない価値観から逃げる。
それが、母にとっての幸せを掴む手段だから。

まただ。

真っ黒な私が耳元で囁く。

あんたのせいだって。
あんたのためにあの家に住んでるのに、あんたはなにも頑張ってないじゃん。

振り払えない。聞きたくないのに、離れない。

家に着くまでのたった10分が、すごく長く感じた。

その間、頭がフル回転していたのが自分でも分かる。
色んな感情がお腹の中で暴れていて、色んな考えが頭の中で爆発していた。

そして、私は弟と妹の待つ家に入り、夕飯を買いに行くと言ってスーパーへ向かった母を、閉め出した。

家の内側から鍵をかけて、ドアチェーンもしっかりかけた。
口を開けると、そのまま心臓が飛び出してきそうだった。

考えて、考えて、考えて考えて考えた。

私は、今何と戦っていて、何に追われていて、なぜ逃げていて、どう立ち向かうべきなのか。

③に続く