『良心の危機』を今一度すべて読み直してみました。

特に新しい発見があったわけではないし、感想などは以前記事にした通り変わりませんので割愛しますが。
 
 
エホバの証人という偽キリスト教。
 
 
私もこれまで、塔の研究記事とか大会のプログラムとか、色々とツッコミをいれてきましたが、やはりこの教団を悪いものにさせているものは『油注がれた者に関する教理』なのかなぁ、と改めて感じました。
 
144000人だけが天に行き、キリストと共同支配者として君臨する、といった基本的な教えから、現代の『油注がれた残れる者』を支援することこそ、「他の羊」の特権であり使命である、といったものまで。
 
 
参考までに出版物からの引用もしておきましょうか。
 
(洞察の本 油注がれるの項より)
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どこかで捻じ曲がってしまったのでしょう。
いつしか、権威主義に成り代わり、組織崇拝へと陥れる結果になってしまいました。
 
そしていやらしいことに、『油注がれた者』『キリストの兄弟』『忠実で思慮深い奴隷』『統治体』『神の組織』『神の経路』という言葉を巧みに使い分け、信者を混乱させ、結局は《組織への忠誠、服従》が《神さまへの忠誠、服従》と同列、いやむしろ上になるように、仕向けてきました。
 
 
(拝14章 128-135ページより引用)
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(塔2013/07/15 20-25ページより引用)
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『神の経路』=『忠実で思慮深い奴隷』=『統治体』
という見事な図式の出来上がりです。ジャクソンが調査委員会で、「自身が神の代弁者か?」という質問に対し、「いやいや、そんなの僭越です」といったやり取りがユーチューブで取り上げられていましたが、それはあくまでもジャクソン個人としての意見であって、奴らが8人集まって「統治体」として決定を下すならそれは「神の決定(ご意志)」ということになりますからね。それを意図的に無視した返答となっています。全くもって無責任で恥知らずな統治体の成員だと思います。個人としては「召使い」の立場であるから個人としても神の経路の決定に従っているからそう答えたんだ、と奴らは言いますけどね。
 
エホバの民を代表しているんだから忠節を保て!などといって、幼い子どもたちに学校などで無理矢理証言をさせているくせに、自分たちは統治体つまり組織の代表として当局や裁判などに呼ばれているクセに上記のような返答しかしません。長くなるので書きませんが、ゲリトレッシュの「自分はものみの塔に対して何の権限もない」といった一連の発言もそうでした。
 
 
えらくご立派な「神の経路」であられるんですね!
カッチーン!(Ò 皿 Ó ╬)

 

 

「油注がれた者」に関するエホバ教独特の教理が、すべてを台無しにしている、そしてこの宗教団体を単なる組織宗教へ進ませたのは、間違いなくこの教えであると改めて確信しました。

 

 

諸説ありますが、概ね一般のキリスト教の中では、『「油注がれた者」の意味は第一義的にはイエスキリストであり、全てのキリスト者は神に是認された油注がれた者である』、というものです。ほら…!もうこの時点で捻じれてるんですよ!お友達のJWに「油注がれた人って誰?」って聞いて見て下さい。「そりゃイエスキリストでしょ、いまさら何言ってんの?」と答える人は僅かしかいないでしょう。大半の人は「統治体?」とか「天に行く人?144000人?」とか言いだすと思います。(さっきドラミちゃんに実験してみました。統治体…じゃないよね…ん?144000人?わかんない。…と見事に私の期待通りに答えててくれました。笑)真っ先に統治体のあいつらの顔がパッと浮かぶ信者の方が多いと思います。だってそのように教育してきたんだからね。あいつら的には大成功ですよ。それだけでも彼らは天にも上る罪を犯しているといえるでしょう。

 

 

神さまと信者の間に立ちはだかり、『我々を通さねば神に近づくことはできない』とわめき声を上げている統治体は何と愚かなのでしょう。

最後に『良心の危機』の執筆者であるレイモンドフランズさんのインタビュー時の言葉を書き出してみたいと思います。何度聞いても100回以上頷けます。<m(__)m>

 

https://youtu.be/oUPIKRVg85M

 

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『私は組織や統治体がキリストだけが担う役割や責任を負うのを見ながら、そこに留まることはできませんでした。イエスキリストは言いました。「私は道であり、真理であり、命です。」 ものみの塔は言います。「そう、我々はそれを認めている。確かにイエスは道である。しかし我々は彼に通じる道である。」 実際、出版物はこの考えを信者に教え込みます。 「イエスと繋がるにはこの組織を通さなければならない」 彼らは言います。 「イエスが真理、その通り!しかし我々が経路であり、すべては我々を通してである。」 「イエスは命、その通り!しかし我々のところに入会しないと誰も命は得られない。」 』

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