『信仰上の理由により輸血を拒否する患者への対応が決められている』
とあります。色んな信仰上の理由があるとは思いますが、大まかな認識としては『エホバの証人対策はきちんと取られているか』ということでしょう。
これを見て感じたことを書き留めておこう。
輸血治療の同意に関する選択はもちろん個人に任されている。いわばそれは『患者の権利』だ。法律的にも倫理的にも、その権利を奪うことは許されていない。
しかし説得を試みてくる病院やドクターに対して「敵」、ましてや「サタン」扱いするようなことは決してするべきではない。代替療法について何も知らないのだ、などと見下した態度を取ることなど、以ての外だ。
病院側は職務倫理・使命として目の前の命を救うために説得する、JW側も信仰に基づいて説得する。それ故に、時に炎上することもあるだろう。
しかし、どちらも間違ってはいない。ましてそこに『Win-Lose』や『Lose-win』の関係があってはならない。
記事の最初に掲げたように、病院側もこんな形でしっかりとJWに対応してくれてるわけだ。言うなれば【リスペクト】だ。そう言っても過言ではない。
どんな立場を取るにせよ、こちら側も『それが当然だ!』といった態度をとるのではなく、【リスペクト】の気持ちを忘れてはならない。
「カルト宗教の狂った教理が悪いのだ!」
「代替治療が未だに確立できていない医療業界が悪いのだ!」
そんな二極の意見からは、いつまでたっても生産的なものは何も生まれない。
お互いに対する【リスペクト】が生じた時、真の『Win-Win』もしくは『Total Win』が生まれるのではないだろうか。
