●聖書ビデオ:イエスキリストの生涯(タラントの例え)
https://www.lds.org/media-library/video/2014-01-001-the-parable-of-the-talents?lang=jpn&_r=1&cid=HP_MO_14-11-2016_dPFD_fMLIB_xLIDyL2-4_
やたらキリストがイケメンですよね。(笑)
それにしても…
あちらさんも熱心にこうしたビデオを作成してるなぁ、とは
思いましたが、このビデオに関しては『良い』と思いました。
あちらさんの解釈までは調べていないのでわからないのですが、
少なくもこのビデオの中では、あくまでも聖書そのものの朗読に
留めており、見る人に考える余裕を与えているからです。
これ、JWバージョンだったら間違いなく教義をねじ込んだり、
恐れおおくもキリストの言葉を統治鯛の訳で言い換えるかも
しれません。
さて、以前にも話題にしましたが、タラントの例えに関してJWは昨年、
教理の説明を最新バージョンとして掲載しました。(2015/3月塔)
http://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/2015206?q=%E3%82%BF%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88&p=par
何とも極端な解釈に突き進んでいき、残念な思いをした記憶が蘇ります。
例えば…
●タラントを宣教の責任だと限定的に定義してしまいました。

●あくまでも脂な奴らの権威の正当性を強調しました。
結局はお前らは脂に従え!という命令です。
キリストはこの例えで本当にそんなことを伝えたかったのですか?

●何を必死になって守りに入っているの?俺たちがよこしまな奴隷だ
なんて言わせないからな!って言いたいのでしょうね。
これがこの記事での教義変更でした。得意の‘新しい光’らしいですよ。

なんていうんかな…
『教理>聖書』になるとこうなるんだろうな、と改めて思いました。
統治鯛の目的を考えると…
・自分たちの権威の確立
・宣教宣教宣教第一主義
・絶対的服従
これに見事にハメられてしまっているんですよね。
キリストのこの話を利用して、上記3つを強調させる方法を
考えた結果がこの2015/3の研究記事なんだと思います。
ここまで来ると、エホバの宗教が何を宣教しているのか
わからなくなってきます。
それで私も家から家への宣教活動を無期限で休止にすることに
しました。
タラントの例え、jw的には、それはあくまでも宣教のことであり、
できる限りの範囲で全力で奉仕しなさい、と。その姿を見て、
主人であるキリストは誉めてくださるのだ、と。何もしなかった
一タラントの人は『無精な奴隷よ!』と叱責されますよ、と。
要は神やキリストの是認を受けるためには、それ相応の働きが
求められているんだぞ!という考え方です。
タラントの数は特権の数なのか!?とも勘違いしてしまいます。
JW的解釈だと。
神さまは規律を守る人だけを祝福されるのだ、守らないと
滅ばされてしまうのだ、そのような理解だと言っても過言では
ないと思います。
でも、私もよく考えてみましたが、やはりこの例え話での
キーワードは次の部分じゃないかなぁ。
『ご主人様,わたしは,あなたが手厳しい方*で,まかなかった所で刈り取り,あおり分けなかった所で集めることを知っておりました。25 それでわたしは怖くなり……』
一タラントの奴隷の何が悪かったのか。
その奴隷の『主人に対する認識』なんだと思います。
主人の気持ちを理解していなかったことが悪かったんです。
塔には一タラントは20年分の年収位、と説明されてます。
現代にすると、仮に500万円×20年=1億円となります。
一億円、普通なら銀行に預けますが、奴隷に託したわけですから
主人がどれだけその奴隷のことを『信頼』していたか理解
できます。奴隷はそれを理解する必要がありました。
ここで『信頼』を『愛情』という言葉に置き換えると、
この主人の気持ちがさらに理解できます。
主人のその深い愛嬢を奴隷は理解できないだけでなく、
誤解していたのです。主人はそこを責めているのだと思います。
責めるというよりは残念な気持ちになるのでしょうね。
『なんてことをお前は言うのだ』
怒りではなくショックだったということなのでしょう。
つまり、このタラントは『神やキリストの愛』を表している
のではないでしょうか。
人それぞれ、みんな、神からの愛を受けていますよ、と。
程度もそれぞれ。5タラントと感じる人もいれば、
1タラントと感じる人もいる、と。
タラントを与えられていない人間はいない。だから程度の
差はあれど神やキリストに対する愛や感謝を示すべき理由
が必ずあるはずだ、それを忘れちゃいけないよ。
そして神さまは奴隷が誤解していたような、厳しい方ではなく
私たちが行う小さな善行に必ず目を留め、評価してくださる
素敵な方なんだよ。だから自信をもって生きていこうね。
これこそタラントの例え話のポイントではないかと思います。
これは1つの感想なのかもしれません。単なる私見です。
正解はわかりません。しかし1つの考え方でもあります。
宗教なんてそんなものでいいのだと思います。
でもね、
これを踏まえて、上にあげた2015年3月号のタラントの解説を
読んでみると、とてつもない違和感を感じますし、そこに神や
キリストを感じないんです。みなさんもそう思われませんか?
人の霊的な必要ってのは、まさにそこを意味するのだと
思いますが、そんな食物は1つも提供されず、ひたすら
リゲイン飲んで24時間働け!と言っているのが現状です。
非合法の成分がたくさん入った一過性のドリンク剤をバンバン
無償で(笑)提供しているのがこの宗教だと思います。
今週の塔で、恐らくこのタラントの記事についての
感想文は書いたとは思いますが、モルさんのイエスの動画を
見て、改めて考える機会になりよかったと思います。
ま、土地を転がして文字通り『商売』を始めてしまった
エホバの宗教。これからどうなってしまうのでしょうね。
https://www.lds.org/media-library/video/2014-01-001-the-parable-of-the-talents?lang=jpn&_r=1&cid=HP_MO_14-11-2016_dPFD_fMLIB_xLIDyL2-4_
やたらキリストがイケメンですよね。(笑)
それにしても…
あちらさんも熱心にこうしたビデオを作成してるなぁ、とは
思いましたが、このビデオに関しては『良い』と思いました。
あちらさんの解釈までは調べていないのでわからないのですが、
少なくもこのビデオの中では、あくまでも聖書そのものの朗読に
留めており、見る人に考える余裕を与えているからです。
これ、JWバージョンだったら間違いなく教義をねじ込んだり、
恐れおおくもキリストの言葉を統治鯛の訳で言い換えるかも
しれません。
さて、以前にも話題にしましたが、タラントの例えに関してJWは昨年、
教理の説明を最新バージョンとして掲載しました。(2015/3月塔)
http://wol.jw.org/ja/wol/d/r7/lp-j/2015206?q=%E3%82%BF%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88&p=par
何とも極端な解釈に突き進んでいき、残念な思いをした記憶が蘇ります。
例えば…
●タラントを宣教の責任だと限定的に定義してしまいました。

●あくまでも脂な奴らの権威の正当性を強調しました。
結局はお前らは脂に従え!という命令です。
キリストはこの例えで本当にそんなことを伝えたかったのですか?

●何を必死になって守りに入っているの?俺たちがよこしまな奴隷だ
なんて言わせないからな!って言いたいのでしょうね。
これがこの記事での教義変更でした。得意の‘新しい光’らしいですよ。

なんていうんかな…
『教理>聖書』になるとこうなるんだろうな、と改めて思いました。
統治鯛の目的を考えると…
・自分たちの権威の確立
・宣教宣教宣教第一主義
・絶対的服従
これに見事にハメられてしまっているんですよね。
キリストのこの話を利用して、上記3つを強調させる方法を
考えた結果がこの2015/3の研究記事なんだと思います。
ここまで来ると、エホバの宗教が何を宣教しているのか
わからなくなってきます。
それで私も家から家への宣教活動を無期限で休止にすることに
しました。
タラントの例え、jw的には、それはあくまでも宣教のことであり、
できる限りの範囲で全力で奉仕しなさい、と。その姿を見て、
主人であるキリストは誉めてくださるのだ、と。何もしなかった
一タラントの人は『無精な奴隷よ!』と叱責されますよ、と。
要は神やキリストの是認を受けるためには、それ相応の働きが
求められているんだぞ!という考え方です。
タラントの数は特権の数なのか!?とも勘違いしてしまいます。
JW的解釈だと。
神さまは規律を守る人だけを祝福されるのだ、守らないと
滅ばされてしまうのだ、そのような理解だと言っても過言では
ないと思います。
でも、私もよく考えてみましたが、やはりこの例え話での
キーワードは次の部分じゃないかなぁ。
『ご主人様,わたしは,あなたが手厳しい方*で,まかなかった所で刈り取り,あおり分けなかった所で集めることを知っておりました。25 それでわたしは怖くなり……』
一タラントの奴隷の何が悪かったのか。
その奴隷の『主人に対する認識』なんだと思います。
主人の気持ちを理解していなかったことが悪かったんです。
塔には一タラントは20年分の年収位、と説明されてます。
現代にすると、仮に500万円×20年=1億円となります。
一億円、普通なら銀行に預けますが、奴隷に託したわけですから
主人がどれだけその奴隷のことを『信頼』していたか理解
できます。奴隷はそれを理解する必要がありました。
ここで『信頼』を『愛情』という言葉に置き換えると、
この主人の気持ちがさらに理解できます。
主人のその深い愛嬢を奴隷は理解できないだけでなく、
誤解していたのです。主人はそこを責めているのだと思います。
責めるというよりは残念な気持ちになるのでしょうね。
『なんてことをお前は言うのだ』
怒りではなくショックだったということなのでしょう。
つまり、このタラントは『神やキリストの愛』を表している
のではないでしょうか。
人それぞれ、みんな、神からの愛を受けていますよ、と。
程度もそれぞれ。5タラントと感じる人もいれば、
1タラントと感じる人もいる、と。
タラントを与えられていない人間はいない。だから程度の
差はあれど神やキリストに対する愛や感謝を示すべき理由
が必ずあるはずだ、それを忘れちゃいけないよ。
そして神さまは奴隷が誤解していたような、厳しい方ではなく
私たちが行う小さな善行に必ず目を留め、評価してくださる
素敵な方なんだよ。だから自信をもって生きていこうね。
これこそタラントの例え話のポイントではないかと思います。
これは1つの感想なのかもしれません。単なる私見です。
正解はわかりません。しかし1つの考え方でもあります。
宗教なんてそんなものでいいのだと思います。
でもね、
これを踏まえて、上にあげた2015年3月号のタラントの解説を
読んでみると、とてつもない違和感を感じますし、そこに神や
キリストを感じないんです。みなさんもそう思われませんか?
人の霊的な必要ってのは、まさにそこを意味するのだと
思いますが、そんな食物は1つも提供されず、ひたすら
リゲイン飲んで24時間働け!と言っているのが現状です。
非合法の成分がたくさん入った一過性のドリンク剤をバンバン
無償で(笑)提供しているのがこの宗教だと思います。
今週の塔で、恐らくこのタラントの記事についての
感想文は書いたとは思いますが、モルさんのイエスの動画を
見て、改めて考える機会になりよかったと思います。
ま、土地を転がして文字通り『商売』を始めてしまった
エホバの宗教。これからどうなってしまうのでしょうね。