裁判といえば、今はもっぱらコンティ裁判の行方が
気になりますね。
ところで、公式サイトのニュースリリースの欄を見て
みると各地で繰り広げられている裁判の様子が載せ
られています。
ま、もっともコンティ裁判は隠蔽されていますが…。
JW側も真の崇拝を推し進めるとの名目で、たくさんの
訴訟を起こしています。敗訴をしては上訴しています。
最近の例では次のようなものもありました。
2014-8-27付の公式サイトからの引用です。
*****************************************************
逮捕,拘置,裁判
ビビ
ビビ
ベパ
公正が是非とも必要
トルクメニスタン
**********************************************************
ま、よくありがちな内容です。要は、不当な裁判であったと。
こちらの正当性を訴えるも、聞いてもくれなかった、この家族は
どうなるんだ!基本的人権はどうなる?信教の自由は?
って感じなんでしょうね。それも理解できます。
しかし!よく考えてください!
上層部のみなさん!あなた方も
『審理委員会という中で、
不当な裁判を行っている』
ことに気づいてないとは言わせません。
今挙げた、不当な裁判を、審理委員会に置き換えて考えてみなさい!
類似点を抜き出してみましょうか?
『裁判
→最初っから出来レースですよね?一方の意見だけをもとに
判断してますよね?偏見以外の何物でもありません。
『弁護
→弁護人さえ不在の不当裁判です。もちろん自己保身や弁護に
走った時点で反省なしと捉えられます。
質問をしたとしても、我々は答える義務がない!と言われます。
『ビビ
→組織や長老の間違いを指摘することは不敬罪で処罰されます。
最近ではICレコーダーを所持していないか確認されてから、第二
教室に招き入れられます。録音できたとしても証拠にならない
のです。ちょうどドライブレコーダーに映った事故の映像を無視
するのと同じことをしているのです。
『もし
→上訴委員会なんて形式だけもいいとこです。証拠をもう一度
調べる事は行わないからです。審理委員会で決めた事に間違い
がないかどうかを考慮するだけで、被告側のメリットは1つもない
です。上訴は棄却されるのです。
『そう
『息子
→排斥されると、人として生きる権利さえ奪われます。さらには
家族を人質に取られ、忌避される仕方で永遠に仕打ちが加わり
ます。それは自分が死んでも家族は悲しまないレベルで、です。
『トルクメニスタン
彼ら
→エホバの証人(特に上層部)は、末端信者を不当に扱い、
彼らの基本的人権を無視してきました。
いかがでしょうか。
被害者ヅラをして、人権を訴えているものの、内部では全く
同じことが、つまり不当裁判が今日もどこかで行われている
という事なのです。厚顔無恥とはまさにこの事ですね。
厚顔無恥って排斥の根拠じゃなかったけ?じゃあ上層部や
今までに審理委員会に携わったことのある現役長老は全員
排斥だ!追放だ!追放!
ご都合主義なんですね、やっぱり。他人は批判するだけして、
自分たちは正当な宗教裁判である、と。
あと、もう1つ大切な点があります。
WTJWはよく裁判を起こします。
ヨーロッパ人権裁判所とか、他にも色々出てきますよね。
しかし!よく考えてください!
WTJWは裁判の結果をどう受け止めますか?
勝訴すれば大会や、各種出版物でお祭り騒ぎですよね?
そして、裁判の結果に基づいて(←ココがポイント!)
自分たちの活動を続けていくわけですよね?
では、敗訴したら?例えば、ある地域において伝道活動が
禁止との判決が出て、上訴も棄却されたらどうしますか?
こどもの輸血問題に対して、親権を一時的に剥奪されたり、
命を救うための輸血の判断は医者に委ねる、という判決が
出たらどうしているんですか?
WTJWは、裁判の結果に基づいて(←ココがポイント!)
その地域での活動を自粛するんですか?
こどもの輸血問題に対して口を挟まないようにしますか?
答えはもちろん‘いいえ!’です。
『人間より神に従わねばならない』『良いたよりは全地で…』
の聖句を取り上げて、停止命令を無視して、場合によっては
禁令の地において、スパイとして活動させてますよね?
中国などに奉仕者を送り込み、偽名を使わせ、決して宗教
活動の為に来たとは言わないで(偽りの舌)、地下活動を
させているのではありませんか?
輸血をすれば排斥にはならないが断絶したものとして
扱いますよ!とわけのわからない脅しをかけて、目の前の
命を救おうともせず、救おうとする親たちを脅迫しますよね。
それは、裁判の結果に基づいて行動しているんですか?
都合のいい時だけ
世の制度を使うな!
と言いたくなるのではないでしょうか?
勝ったらそれを盾にして自分たちの活動を正当化し、
敗訴したら無視…。
こどもでもわかりますよ、これが正しいか間違いかなんて。
裁判の結果を無視するのなら、最初から裁判をするな!
ある問題について第三者に委ねたんでしょうが!
だったら従いなさいよ。裁判に委ねたんならその結果を
真摯に受け止めなさいよ!
敗訴するのには、それなりの理由があることも認めなければ
いけません。そのことができないのなら、最初から裁判
なんてしないでください。
そんなバカみたいな、ままごと裁判の為に
我々の血税とも呼べる寄付がジャンジャカ
遣われてると思うとショックです。反吐が出ます。
このご都合主義について、みなさんはどう思われますか?