今朝の夢を通して、まだ両親への根強い「感情のしこり」が残っているのを知った。
もう解決していると自分では思っていたのに、もっと奥の部分の気持ちに気づいてないみたいな。
タロットカードでも「家族問題」と出ていたし。。。
私が父の最後に対しての罪悪感を手放せていないのと関係がしていた。
多分そこで時が止まっていると感じた。
この場所から動き出せない理由。
それは最後を看取る事も出来ずに、父は介護施設でひとり旅立った。
そういえば母も同じだった。
病院で深夜ひとりで亡くなった。
きっと私は過去生で、何かの理由で年老いた両親の面倒を見ることが出来なかったのかもしれない。
修行僧とか?自分の幸せを選んで、親を見ることが出来なかったのを後悔したのかもしれない。
それで今世は、自分の幸せよりも親を選ぶ事をシナリオに書いて生まれて来たのかもしれない。
でもそれでも罪悪感と犠牲の両方を感じていた。
加害者と被害者、両方を経験してきた。
それを視点を変えて愛に昇華して手放す時期にいる。
私が見ていたのは「結果」だった。
親を看たけど、最後は看取れなかったという「結果」。
でもその「過程」を見ると、そこにはたくさんの愛があった。
与えたり、逆に与えて貰ったりの愛が、本当にたくさんあった。
父の優しい一面も知った。
愛されていたということも知った。
たくさんの愛が詰まった人生だったのに、そこにスポットライトは当てていなかった。
結果が大事なのではない。
過程そのものが宝物だということを、この人生を通して学んでいたのかな。
そう考えたら、罪悪感も被害者意識も感じる必要もない。
私が幸せになる「過程」が、今も続いている。