前記事で書いたことの続きです。

今日は「失敗?」の夢を見ました。

やっぱりここが今私が癒す陰の部分のようです。

 

クラスで発表会みたいなものに参加していた。

短大のクラスみたいな感覚。

皆名前を呼ばれて前に出て、自分のテーマを発表していた。

私は本(教科書?雑誌?)に書いてあった「心理的な問い」をパソコンを使って解いていた。

表計算ソフトを使っていたような。。。

私の番になったので前に出た。

すると頭の中が真っ白になって言葉をうまく出せなかった。

小さな声で辿々しく発して時間をかけながら「問い」のページを見せようと探した。

でも本のページ番号が不規則で整頓されてなくて、どこだったかを探せない。

先生が側で「なんて書いてあったの?」と聞いたので、問いを言った。

すると「そんなことが書いてあったの?」と不思議がられた。

私も「そうなのよ、凄く難しくて色々と悩んだの」と答えながら、でも問いのページが見つからない。

私は何か言おうと試みて声を出したが、横で誰か(別の先生?係の人?)が大きな声で話し出した。

私の声はかき消されて、タイミングを失っていた。

 

場面が変わって短大の旅行みたいなものに参加していた。

食事をグループで食べることになっていたが、私はそこへ辿り着けずに私だけそこにいなかった。

私は私で別の場所でいろんな展開があってそこで過ごしながら、3回目くらいにやっと辿り着いた感覚。

友人が迎えに来てくれて、やっとそこへ辿り着けた。

席に着こうとしたら、その代表?の女の人が「あなたの席はない」と言った。

2回来なかったから、もうこの席に着く資格はないみたいな事を言ってた。

私は「来れなかったけど、私なりにいろんな場所で過ごして、私なりに学んでここへ来た」みたいな事を言ってた。

 

場面が変わって、私は家族と一緒にリフトみたいなものに乗っていた。

どうも罰ゲームでそこにいるような感覚。

頂上に火山?山?があって、そこから下へ落ちるような罰ゲーム?

でも私はなぜか「飛べる♪」という感覚があった。

案の定、家族で一緒に皆空を飛んでた(笑)

私は帽子を被っていて、その帽子を手に持ち、見ているみんなに振っていた。

凄く楽しそうだった。

 

着いた先にまた待ち椅子が並んでいて、私はそこに座っていたが家族は食事しに行った。

お腹が空いてきたので、私も食べようと家族の側に行ったが、食べたいものはテーブルになかった。

それで「食べ物はどこで買うの?」と家族に聞いたら、不思議そうに私を見て「食べ物はあるから、これを一緒に食べなさい」みたいな感覚が来た。

私はテーブルの上の食べ物を選んで、一緒に会話しながら食べていた。

 

夢って見方によっては、とても意味深いなーと思うのです。

この夢を通して、私が「暗くて見えてなかった失敗の陰の部分」は、コミュニケーションだなと感じました。

見えてないから判らなくて真っ白になってた。

そして教科書の問いのページをみんなに見せないと、先に進めないと思い込んでいた。

ちゃんと私の中には、その「問い」が判っていて、先生にも話している。

先生はヒントを言ってくれていたんだ。

だからそう言って進んだらいいのに、思い込みから抜け出せずに時間だけが過ぎていた。

「こうしなきゃ進めない」という縛りが私の中にあった。

整頓されてないページは、ちゃんと頭の中を整理して必要なものだけを残しなさいという意味かも。そうすると自分が何をやろうとしているのか?何をすればいいか?が、ちゃんと見えてくる。

陰を自分の光で照らすって、こういう事でもあるんだなと思った。

 

最初は言いたい事がはっきりと判らなくて、声も小さくしどろもどろだった。

時間もかかり発表するタイミングを失って、「失敗」というラベルを自分に貼った。

失敗って、失って敗れると書くね(笑)

まさにタイミングを失って、気持ちが傷ついた気がしたんだ。

それで傷つくのが怖くて足を踏み出せないから、動けなくなる。

動けないから相手の思うままになり、気持ちが負けてしまう。

そこが「失敗」の極の位置。

 

でも夢の私は試行錯誤で経験し続け、やっと短大の「待ち合わせ場所」へ辿り着いた。

短大だから高校は卒業できていたんだよ。

そこに受かったけど来なかったから「あなたの席はない」と言われた。

でも私は怯まずに、自分のこれまでの経験を良しとして話していた。

夢の中の私、ちゃんと堂々と言えるじゃん(笑)

やっぱりどんな場所でも心の成長に繋がるんだと、私は言いたかったんだね。

 

だから後半のリフトで山へ向かうシーンは、見方によって変わってくる。

人は見せしめの罰に見えるかもしれない。

「ピラミッドのてっぺんまで行ったら落ちる」という見方。

あの人、受かったのに来なくて美味しいとこだけ食べてズルいと思う人もいるだろう。

家族だから家系で身分が落ちるという意味もあるよね。

負けと思ったら落ちるのかもしれない。

でも相手に左右される勝ち負けではなく、自分の中の情報(直感)を信じて行ったら飛ぶんだ。それは凄く楽しい体験だった。

 

最後に残ってた問題は、1番奥深い所にしまい込んである「陰」。

コミュニケーションの扉だった。

でも全体を通して、コミュニケーションをいろんな所で体験しながら育てていく。

そうすると、問題は解決し、自分も周りも調和する世界へ行けるよ❣️

それがこの夢のメッセージに聞こえた。

 

昨日は叔母と、このコミュニケーションでギクシャクしてた。

でもそのやりとりを通して、自分の「拘り」を知って手放せた。

頭では「皆違ってもいいんだ」と理解しているけど、関係が近くなると「相手をどうにかして楽にしてあげたい」という我が湧き出て、色々考え方を否定したりもしてた。

それって「私の理想」を相手に押し付けていたんだ。

良かれと思ってやっていたけど、カードで出たよ。

 

真の愛は、思いやりに基づいていて、その人を否定したり変えようとしたりはしません。

愛は自由を与え、支配することはありません。

大切な人に、そしてあなた自身に、完璧さを求めることなく、愛を注いでください。

 

あー、私のことだと笑った。

そうだな、孤立している私に色々と声をかけて心配してくれるのも叔母さんだった。

その愛を素直に受け取り、相手にも素直な愛を与えて循環させる。

でもそれは、コミュニケーションを続けて行った先に、出てきた「宝物」だった。

だからとんがっている私も愛してあげようと思った。

とんがっていたからこそ、別のものが見えてきたんだ。

とんがっている叔母さんも愛そう。

どんな私も、どんな叔母さんも、丸ごと愛そうと思って、その個性を大切にしようと思った夢でした。

 

昨日、足立さんの波動の法則の動画が急にオススメで現れた。

中性子は「意識」で、陽子は「意思」なんだそうだ。

中性子と陽子が結びついて原子核となり、物質化する。

意識と意思が結びついて、現実化する。

意識するだけでは現実化しない。

そこに「意思」が結びついて、現実化する。

 

現実化が苦手だったのは、頭の中を整理して「意思」にする力がよく見えていなかったからかな。それを夢で見せてくれていたように感じた。

そして「恐れ」を「進む力」に変える魔法も、ここにあるなと思った。

 

他に何かアドバイスある?とカードを引いたら「楽しみ」と出た。

あまり深刻にならずに、今は楽しみを待つ時期だと。

楽しい事を計画して、予定を立てなさいと出た。

 

あー、そうか!

夢の中の最後に出てた「待ち椅子」のシーン。

そのこと!?(笑)

次に進む道もアドバイスもらいました🩷