われは河の子 -15ページ目

われは河の子

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 来月5日から約1ヶ月老健施設に入居するので、その前に美容室に行って髪をカットして金髪にして来ました。


 障害者だってオシャレしてもいいじゃん⁉️

ってその割にトレーナーの襟が伸びてダルダルだけど🤣

 オシャレして行っても、向こうにいるのは認知症のジジババばかりなんだけどね😎


 それにしても美容師さんに頭を洗ってもらうのは何であんなに気持ちいいんだろう?

 私は病院では看護師さんに、デイや老健施設では介護士さんに頭を洗ってもらいますが、やはり髪のプロである美容師さんのはひと味違います。

(片手しか使えない私は1人では上手くシャンプーすることも難しいのです😞)

 一昨日、今回の衆院選に関する共同通信社の電話調査が来ました。コンピュータが無作為に選んだ番号にかけてくるもので、自動音声による案内に数字ボタンをプッシュした回答する方式でした。


 実は私は過去に、やはり国政選挙の電話調査のバイトをしたことがあります。

 私は登録していた求職サイトからの募集に応じたのですが、他社からの応募も含めて数百人が指定された札幌市内の大きなホテルに集合しました。

 大きな高層ホテルの1フロアを丸々コールセンターのように改修して、数百台のパソコンブースが並んでいました。

 その時はまだ機械による自動音声ではなく、私たちがヘッドセットを着けて直接相手に電話して会話によってアンケートに答えてもらうのでした。



 とはいえダイヤルをするわけではなく、目の前のパソコンが勝手に無作為に電話を繋いで、出た相手に私たちが問いかけるのです。

 さらにかかる相手も休憩を挟んだ時間帯によって地域が異なり、私のいたブロックは、大阪に振り当てられたこともありました。

 札幌の人間が掛けているわけですから、こちらは候補者や名前も知りません。それでもさもわかっているふりをして「○○さんを選ぼうと思う場合には1を、△△さんを選ぼうと思う場合には2を選んでください」と問いかけ、相手の言った数字を私たちがマウスを使って入力するというアナログな方式でした。

 時折係りの人が巡回して、問答のやり方に間違いや言葉遣いのミスを指摘して回ったりしていました。

 当然、留守で出ないケースや、出ても回答を断られる場合もありましたが、人間対人間なのでも話の持って行きようでは意外と答えてくれることも多かったです。

 バイト料は1日1万円で、北海道としては高給でしたが、歩合制などではなく、一律に支払われましたが、回答率というものはチェックされ、「○○さんはこの2時間の間に○件の回答を得ました」などと発表されました。

 私は先に述べた大阪エリアに電話した時に関西弁でやりとりして、最後に「おおきにありがとうございます」と言って電話を切ったら、係りの人や周囲の仲間たちから静かな賞賛を浴びました‼️

 私たち脳卒中(脳梗塞・脳出血・くも膜下出血)罹患者は、その発症において「倒れた」と言い表されることが多いですが、実際に意識を失って昏倒する人ばかりではありません。


 私は2017年の10月16日に、営業先のお客様宅で神棚の撤去作業で、高さ90センチほどの台に乗って行っている最中に、お客様から「揺れてる揺れてる、危ないから早く降りてください!」と突然言われました。自分ではどこが揺れているのかまったくわからないままお客様に手を取られて台から床に降りた途端に足から力が抜けて床に倒れ込みました。昏倒したというよりは、くず折れて倒れ伏したという感じでしょう。

 私は長らく医療機器のセールスマンでありましたし、それに伴う健康サロンの店長を務めていましたので、家庭医学的な知識は普通の人よりは多く、一瞬で「あ、これは脳をやってしまったな⁉️」と思い、お客様に救急車を呼んでくれるよう頼むことができましたし、A脳神経外科の急患入り口から運び込まれるまでは意識がありましたが、その後脳が出血を吸って膨張して神経を圧迫したために意識を失いました。

 同じ脳出血でも、退院までずっと隣のベッドだった玉井さんのように,お母さんの家を訪ねたところ口が回ってないことをお母さんに指摘されて、一緒にタクシーで来院されてそのまま入院した人もいます。自力で歩いて来ることができたわけですね。玉井さんは後遺症として高次脳機能障害の失語症と、見当識(自分がどこにいるか理解できる)の欠如がありましたが、片麻痺はまったくなく、入院中も1人で歩いて風呂に行けるような人でしたが、脳出血としては私と同様に重い症状だったらしくやはり半年間の入院をしました。

 そして麻痺はないので身体障害者手帳交付の対象にはならず、障害者手帳でも精神障害者保健福祉手帳の対象になりました。

 また、私は3年前の正月にてんかんの重積発作を起こしてやはりA脳神経外科に救急車搬送されましたが、この時は未明にベッドで寝ている時に発作に襲われたのを息子が発見して119通報してくれました。

 私は意識を失っていたから何も覚えていませんが、この場合は最初から寝ていたのですから実質的に倒れたわけではありません。

 また30年ほど昔、予備校勤務の時に、抗うつ剤の副作用で、てんかん様の発作を起こして意識を失ったことがありますが、この時は自分のデスクに向かって仕事をしていた時だったので、突然机に突っ伏したわけで、これも倒れたとは言い難いですし、自分の記憶もありません。


 私がオーダーメイドインソールの営業で金沢のデパートで仕事をしていた時、当時ニョウボが仕事をしていた大型ショッピングセンターの女性課長さんから私のスマホに電話があり、「奥様がバックヤードで転倒して頭を打ったので救急車で石狩市の脳神経外科に搬送しました」という連絡をいただきましたが、金沢で仕事をしている者にそんなことを言われてもどうすることもできません。

 娘は当時看護学生で函館にいましたが息子が家でくすぶっていたので助かりました。

 これは転んだのであって倒れたうちには入らないでしょう🤣


 小学校の時に、グラウンドでの朝礼で、恒例の校長の長訓話の時に、私の目の前に立っていたタカノ君がゆらゆらとゆらめいたと思ったら、次の瞬間前のめりに地面にぶっ倒れました。貧血だったのでしょう。

 中学の修学旅行では青森県の味噌工場の見学というイベントが組まれており(クソほどつまらなかったえー

 大豆が発酵するエグい匂いの中、味噌造りの工程を見学していたら、やはり貧血なのか、別のクラスの女子生徒が倒れて先生に抱き抱えられて出て行きました。クラスが違ったので、その後どういう処置を受けたのかはわかりませんでしたが、

 私の小説臓腑の流儀の「碧の涙」の中で、諸住うてなのモデルとなった子でした。


 また、高校生の時でしたか、親友のせいじと、函館駅前にあったワコーデパートに行った時に、下りのエスカレーターに乗っていたら、私の目の前に立っていた初老の男性が、やはり数回揺れたと思ったらそのまま前に倒れてエスカレーターを流れ落ちて行きました。

 私たちが慌てて駆け寄ると禿げた頭から流血しており、まもなく店員も駆けつけました。

 男性はその衝撃で意識を回復したのかうめき声をあげていました。

 これらのパターンはいずれも一時的に脳に流れる血流が足りなくなって意識を失った失神に当たりますが、意識を失うのは短時間のこととはいえ、倒れた場所や状況によっては大怪我につながる恐れがあります。


 また、脳卒中仲間には倒れて数分間意識がなく、通行人に救急通報してもらった人や、数時間にわたって意識がない状態が続き、ようやく帰宅した家族に発見された人や、入浴中に意識を失った人もいます。

 残酷なようですが、こうなると助かる助からないは本当にその人の運としか言いようがありません。


 障害を持ってヘルプマークを所持している人は裏面に持病や連絡先を記入していますが、皆さんも常にかかりつけ医や家族の連絡先などを持ち歩いた方がいいと思います。