新 臓腑(はらわた)の流儀 白狐のお告げ ⑧ | われは河の子

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 明くる年1月5日、靖子は白狐教団の緑川に電話をかけた。
 「あの、先日お世話になりました小山靖子ですが……緑川さんでいらっしゃいますか?はい、あの節はありがとうございました……

 それでですね、あの後主人とも相談いたしまして、とりあえず20万円のご寄進だけさせていただこうかと……」
「そうですか、それはよかった。早速お狐様にお願いして、貴女の厄祓いをしていただきますね!」
「あ、ちょっと待ってください……実は先日もお話しした、なんだか恋愛関係について問題を抱えている方なんですが」
「ああ、あの三角関係とかおっしゃった?」
「はい。その人にもお話ししたらぜひ悩みを解決してほしいし、もしその人もお狐様にお願いするとしたら、その時に一緒にご寄進したいと申しているのですが……」
「はぁ、そうですか。私どもは別にどっちでも構いませんよ。ぶっちゃけ、前回も申し上げた通り後払いでも全然構わないんで。それより、お悩みの相談と解決の方を急がれるご依頼者様の方が多いのです。」
「ああよかった。彼も安心すると思います。」

「彼?男性の方なんですか?」
 「そうなんです。関係している三角を構成する全員が私とは古い同級生なんです。親友の女性にも声をかけてみたんですけど、彼女は全然強気で、自分には否は無いと言っているんです。でも今回ご紹介する人はやっぱりどこか心苦しいようで、何とか円満に収めつつも、彼女がしっかり自分の物になることを願っているようなんです。男って身勝手なようにも思えるんですけど……。」
「まぁこれは当事者様にしかわからない心の機微なのでしょうけど、お狐様ならそんなこともすっかりお見通しになられますよ。」
「それで、どのように進めたらよろしいんでしょうか?」
「まずその方のお名前を教えていただけますか?小山さんと同級、同い年の方でしたらまだお仕事は定年にはなってらっしゃいませんよね?」
「はい。名前は水島孝一郎さんで、市内の加賀谷組建設株式会社にお勤めです。確か資材部長さんだとか……。」 
 「わかりました。お勤めの方でしたら鑑定は休日の方がよろしいでしょうね?」
「そうだと思いますが、私も同席した方がよろしいのでしょうか?」
「いえ、それは水島さんお一人の方が都合がよろしいかと思います。小山さんとは仲の良いお付き合いとはいえ、事が男女の話ですからあまり余人にお聞かせしたくない部分の生々しい話もあるかと思われますし、貴女が同席される事で口が重くなっても困りますから。あ、お狐様にはもちろんお見通しですけれど、ご依頼主様にはやはり虚心坦懐にご相談いただきたく思いますので。」
「わかりました。それではその旨水島さんに伝えて彼の方から緑川さんに連絡してもらうことでよろしいでしょうか?」
「結構でごさいますよ。小山さん、ありがとうございます。水島さんもきっとお喜びになると思いますし、何より貴女がお狐様の力を広めるために徳を積まれたことになります。この調子でがんばっていただければ、いずれは白狐隊と同等の立場でお狐様のお力を享受することができることになるでしょう。」
「ありがとうございます。新年早々無理を聞いていただきありがとうございました。お狐様にもよろしくお伝えください。」
「こちらこそ、お早いご決断で結構だったと思います。まずは水島様のお話を進めさせていただいた後に改めてお二人の分のご寄進を受け、これを玉串としてお狐様に捧げて憂いを祓うこととしたいと思います。
 どうぞそれまでの間、お気をつけてお過ごしください。」
「これで大難は小難で収まるかしら?」
「私はお狐様ではありませんからここで断定するわけにはまいりませんが、先日よりはずっと良い方に進むと思われますよ。お狐様もそれを見越しての方針ですから。」
「そう言っていただけると安心できます。それではよろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。ありがとうございました。早く水島さんにお伝えくださいませね。」
 そう言って緑川は通話ボタンを押したようだった。

 だが通話の向こうでスマホを耳から離した靖子が小さな赤い舌を出したことには気づかなかったに違いない。
 翌六日、孝一郎はヤッコから教えられた番号に掛け、緑川と日時と打ち合わせをした。緑川からお勤めなら明日の日曜日ではどうでしょう?と提案されたが、月曜日から札幌で出張仕事で、明日前日発ちをするからと、翌週の日曜日、十四日の午後二時からにしてもらった。一週間あれば、各方面にも準備をしてもらうことができるはずだと孝一郎は思った。

 一月十四日日曜日、その日は朝からこの街には珍しく15センチを超える積雪があり、市電はササラ電車が出動し、市民は雪かきに追われた。
「子どもの頃はもっと雪は多かったよなぁ。」孝一郎はそうハンドルをにぎる塩田に話しかけた。
「そうですよね。あと私が覚えているのは車粉がひどかったことかな?」
「まだスパイクタイヤの時代だな?クルマのスパイクがアスファルト路面を削って春先には酷かった。迫館はまだマシな方で、大都市の札幌では空が靄って見えたそうだよ。」
 そんな話をしながら二人を乗せた車は柳川町界隈をゆっくりと一周した。
 「こんな感じでいいんですよね?」
「ああ、上出来だ。こうやって中小路に入るとまだ雪が積もっていて、ゆっくりノロノロ走っていても目立たない。悪天候も好都合だったと言える。じゃあこの調子で頼む。」
「かしこまりました。お任せください。」
「それじゃあ後でアンバサダーで合おう。朗報を期待している。」

そう言うと孝一郎は白狐教団の近くで車を降りた。
 塩田はそのままエンジンを切らず、やがてゆっくりと孝一郎から預かった車をスタートさせ、またその界隈を走らせ始めた。
 しかし、機械の操作と、雪かきをする市民に注意を集中していた塩田は、彼の車を追尾するかのように、
同じように電車通りと中小路を周回している黒塗りのセダンには気がつくことはなかった。