新 臓腑(はらわた)の流儀 白狐のお告げ ⑥ | われは河の子

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孝一郎のスマホが鳴ったのは暮れも押し迫った12月29日の夜7時のことだった。
 本町のクラブ「アンバサダー」は明日からの正月休みを前に忘年会気分の常連客で燦ざ(さんざ)めいていた。つい数日前にクリスマスパーティで華やかに盛り上がっていたというのに。
「水島です」
「ハイ孝一郎!サムです。」
「こんばんはサム、こんな年の瀬の慌ただしい時にどうしたんですか?先生も走る師走ですよ⁉︎」
「ハッハ、でもそれもあと二日だ。これで僕も走るのを止めることができる。」
 サミュエル・ピーポディはカラカラと笑った。迫館滞在数十年になる陽気なカナダ人である。
しかしその笑い声にはどこか翳りがあった。
 「年末年始で忙しいのは承知だ。でもどうしても相談に乗ってほしいことがあるんだ。」
「一体どうしたんですか?」
「それがよくわからないんだ。巻き込まれたのはヤッコなんだが……」
「ヤッコに何かあったんですか⁉︎」
「僕にもよく理解できていないんだ。申し訳ないんだが、明日にでも家の方に来てくれないか?無理を言ってすまないが、カナディアン・クラブの20年がある。」
「そんなことは別にいいですよ。ちょっと待って、ミッキィが耳元でうるさくて。」
「ああ、やっぱりアンバサダーだったか?よかったらミッキィも誘ってくれるとありがたいし、ヤッコも心強い。」
 やがてボソボソと二人の会話が洩れ聞こえ、
「わかりました。ミッキィも気になるそうです。」
「ありがたい。じゃあ夕方6時ではどうだろう?ヤッコに手料理を支度させる。」
「わかりました。それじゃあその時刻に二人で伺います。」

 翌日、孝一郎とミッキィが約束の時刻に桜町のピーポディ夫妻のマンションを訪れた時には海峡から吹き付ける風は吹雪混りになっていた。
 マンション入口でオートロックを解除してもらい、二人は最上階の十階に着くまで乗るエレベーターの中で、頭髪とコートの肩先に積もった雪を払った。

 「やぁ、今日はわざわざ来てくれてありがとう!さあさあ入った入った。」
 夫妻は笑顔で二人を迎えたが、ヤッコの顔色が冴えないことに孝一郎もミッキィも気がついた。

 早速リビングに案内されて並んで革張りのソファに落ち着いた。
 バルコニーに出るガラス戸には厚手のカーテンが掛けられていたが、日中はここからのオーシャンビューを眺められたし、夏場の天気のいい日には、遠く本州も目視することができた。

「寒かっただろう?こんな天気になるとは思わなかったが悪かったね。まぁ深刻な話は後でじっくり聴いてもらうとして,まずは腹ごしらえだ!」
 サムがそういうと、ヤッコがキッチンから準備していた料理を次々と運んで来た。

 北海道産サーモンのカルパッチョサラダにオリーブを散らしてあるものと、チーズの盛り合わせを前菜に、シーフードチャウダーが運ばれて来た。
 これはサミュエルの故郷プリンス・エドワード島の名物料理で、具材のロブスターこそ輸入品であるが、それ以外の牡蠣、ホタテ、ムール貝、タラなどは全て道産食材である。それに市内の老舗パン屋であるクラウン・ベーカリーのフランスパンにメープルバターが添えられていた。
 サムは富良野ワインの白を抜いた。
  メインはエゾシカのステーキにグレービーソース掛け。ここでおたるワインの赤が開けられ、食事が終わる頃にはワインは2本とも空になった。

 「それじゃあまず二人には、先月ヤッコが体験した不思議な出来事から聴いてもらおうか?その間に僕はウイスキーを持って来る。」
 そうして二人は改めて半月ほど前のヤッコとお狐様の出会いを本人の口から詳細に語られた。
 一言ひとことゆっくりと思い出しながら語るヤッコの話が終わるころ、サムがCCの二十年物とグラスを四つ、アイスペールとピッチャーなどをワゴンに乗せて運んで来た。ハーシーズのキスチョコを盛った小鉢も並んであった。

「知らなかったわ、ヤッコ水くさいじゃないの⁉︎」
 ミッキィがため息混りにつぶやいた。
「ごめんなさい。あなたたちを巻き込むつもりはなかったのよ。だいたいアタシだってあんなのインチキだって思ってたんだもの……それに12月に入ってミッキィはお店の方もかき入れ時だし……」
 ヤッコは水割りを一口飲み込んでそう言った。
「ところが、そうも言っていられなくなったわけだ。
どうやら凶事というのが起こったんだな?」
 孝一郎はそう言った。彼はオンザロックで飲んでいる。ヤッコはコックリと首を振った。

「一昨日のことよ。お正月も来ることもあるし、銀行に行って現金を下ろして来たの。ついでに通帳の残高を記入して、帰宅後ネットでカードの利用履歴を確認したら一件だけ覚えのない引き落としがされていたのよ。」
ヤッコの小さな肩が一層小さくなった。

「いくらなんだ?」
「それがね、たったの九千円なの。でもなんか気持ち悪くて……これがお狐様の言った些細な凶事の始まりなんじゃないかって?
 ねぇ孝一郎君、コレって何なのかしら?『家族にも類が及ばないように』なんて今から考えるとずいぶん脅迫めいて聞こえるわ。やっぱり杏や真凛が心配なの。もちろん翔太のことも心配だけど、彼は自衛官よ。いざとなったら54口径連射砲も対潜ミサイルもあるわ!」
「おいおい……」



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