一番幼い頃の思い出 | われは河の子

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今でも覚えてる一番幼いころの思い出は?

 

 生まれてからそれまで母の実家で祖父母と二世帯暮らしでした。


母の実家は製材所でした。


(私の父は北大水産学部の練習船「おしょろ丸」の航海士だったので、年の半分くらいは日本にいませんでした。)母子家庭なようなものだったので、母も実家で暮らしているのが安心だったのでしょう?


 それで私が2歳の時にその父が当時存在した函館に隣接する亀田郡亀田町富岡というところに小さな平屋建ての家を建てました。

 (亀田町はその後函館市のベッドタウンとして発展、私が10歳の時に市政を敷き亀田市になりましたが、わずか一年で翌年函館と合併しました。)


 そしてその引越しの日に、両親はトラックの荷台に乗って行ってしまいましたが、私はそれを見送って、祖母に背負われて後から市電で五稜郭駅前まで行き、祖母はそこから歩いたのでしょう。

 市電に乗った記憶ありませんが、父母が乗ったトラックが私を残して出て行くのを泣きながら見ていた記憶が一番古い記憶です。


祖母に抱かれるみんちゃん2歳(右)

 左は昨年亡くなった伯母(母の姉)と従兄弟二人。


 父が建て、私や弟が育ったその家は14年前、父の没後に私の手で処分しました。

 父は生前、『どんなに安く見積もっても○千万円にはなるぞ!』と豪語しておりましたが、実際やってみると、ちょうどその半値にしかなりませんでしたし、それを弟と折半しました🤣


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