ポンコツの人 | われは河の子

われは河の子

ブログの説明を入力します。

私の居室は南向きで、天気のいい日は暖房がいらないくらいに暑くなります。


 昨日も昼食後、あまりに暑いのでスタッフに窓を開けてもらい、さらに空気の流通をよくするためにデイルームに面した扉を大きく開けて、窓の方に向かって座って本を読んでいました。


 すると食事が終わったと思われるサバンナハゲのMさんがまた女性スタッフに叱責される声が聞こえて来ました。

「ちょっとMさん、どこいくの?そこは他所の人のお部屋だから入っちゃダメよ‼️」

 Mさんは車椅子の操作も覚束ないのに多動症の気があるので、じっとしていることができないようです。

「だからぁそこはほかの人のお部屋なんです!

Mさんが入って行ったら迷惑でしょう‼️戻ってきてください‼️」介護士さんの声には鬼気迫るものが感じられるようになって来ました。

 

 そこで何気に肩越しに振り返ると、なんと彼は私の部屋に侵入しようとしているではありませんか⁉️

 車椅子がスムーズに操れないので入り口でつっかえて入って来られませんでしたが、驚きました😳 徘徊車椅子老人です👨‍🦳


 このMさん、脳卒中を発症して片麻痺になり何年になるのかわかりませんが私と逆の右麻痺のために利き手交換をしなくては自分で食事もできませんが、その利き手交換が上手くいかなったようで、食事は左手にスプーンを持って食べているのですが、口が麻痺して咀嚼機能が衰えているのに、その口いっぱいにご飯や料理を詰め込むものですから半分以上こぼしてテーブルやエプロンに散らばします。口の周りはご飯粒だらけです

 しかもその後は業を煮やすのか、それらをほぼ手づかみで拾ってまた口に突っ込みます。


 私にも経験がありますが、片麻痺は侵された大脳半球の反対側に麻痺が出ますが、何ともないはずの健側のパフォーマンスも2割から3割低下します。

 しかしこちらは本来神経は生きているわけですからリハビリを積むことによってほぼ元通りの機能を回復できると私は実感しています。


 左手は全くいうことを聞かなくなった上に頼みの右手の動きも落ちていることに気がついた時には愕然としたものですが、その後OTさんが麻痺手ばかりでなく健手のリハビリも重ねてくれましたので、

 右手だけで切り絵を作ることもできるようになりましたし、


 右手の親指一本でスマホ小説を書くこともできます。


 今から半世紀も昔の1972年に有吉佐和子が痴呆症(当時はまだ認知症という言葉は一般的ではなかった)老人問題をテーマにした「恍惚の人」という小説を書きベストセラーになりましたが、

 さながらMさんは「ポンコツの人」です。


 私も大概ポンコツだから気をつけねばなりません🤣