クイーン警視自身の事件 | われは河の子

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クイーン警視自身の事件 エラリイ・クイーン

1955年 ハヤカワ・ミステリ文庫 昭和51年


 冒頭部、ニューヨークの病院で赤ん坊を出産して退院した女性が、何やら怪しげな男にその子を託し、やがて裕福な夫妻に引き取られるシーンから始まり、不法な人身売買を疑わせる(やがてそれはいかがわしい養子縁組ビジネスだとわかる)。


 63歳になり、ニューヨーク市警を定年退職したリチャード・クイーン警視は、退屈と自らの老いと対面する日々を送っていた。

 犯罪都市ニューヨークの治安を護り、幾多の難事件を解決に導き、また息子エラリイの一風変わった推理をバックアップして来た栄光の日々は過ぎ去り、抜け殻のようになった彼は、エラリイの勧めで、昔の仲間で、現在では海辺の町トーガスの警察署長になっているエイブ・パールと妻ベッキィの家の客となって滞在していた。

 エラリイは取材旅行でヨーロッパに出掛けてしまっていた。


 パール署長の家からほど近い海上に浮かび陸と道路で繋がっているネアー島は、6人の人嫌いの億万長者だけが住んでおり、島への道路にゲートを設置して門衛を置き、部外者の島への侵入を阻止していた。


 ある日署長のモーターボートを借りて海に出たクイーン警視は、うっかりガソリンを切らしてしまい、ネアー島の桟橋に辿り着き、そこで大富豪アルトン・ハンフリイと、その妻セーラの養子の赤ん坊の世話をするために雇われた看護婦のジェシイ・シャーウッドと出会う。


 この赤ん坊こそが冒頭のエピソードの主役であり、ジェシイもその引渡しの現場に同行していたのだ。


 歳を取ってから養子という形であれ跡取りを得たハンフリイ夫妻の喜びはいうまでもなく、専門の看護婦であるミス・シャーウッド(49歳のオールドミスだが)を雇うばかりではなく、マイケルと名付けられた生後2ヶ月の赤ん坊には細心の注意を払い、豪奢な生活をさせていた。


 ところがアルトンにはロナルドという身持ちの悪い甥がおり、しばしば経済的援助をして来たが、跡取りが出来たとなっては、この甥に莫大な遺産が行く目論見が外れることとなった。


 ある夜保育室の隣の自室で寝ていたジェシイは、保育室の窓が軋る音を聞きつけて、マイケルのところに駆けつけて見ると、何者かが窓から侵入しようとしているのを発見して悲鳴を上げたので、侵入者は立てかけた梯子を伝って逃げてしまった。


 驚いたジェシイの報告により、ハンフリイが警察に連絡し、パール署長以下がやって来るが、そこにクイーン警視も同行していた。どことなく彼に惹かれるものがあったジェシイであったが、友情は進展しなかった。


 ところが、それから2週間ほどして、ジェシイが休みを取ってニューヨークのかつての同僚のところに遊びに行ったが、マイケルのことよりも心配症なハンフリイ夫人のことが気になって、急にネアー島に帰宅して見ると、赤ん坊は死んでいた。

 狂乱する夫人と、警察の取り調べの混乱の中でジェシイは、マイケルの顔の上に置かれていた枕のカバーに薄汚れた人の手型が付いていたことを思い出し証言するが、見せられた枕カバーは綺麗なものだった。

 それはジェシイが見たものとは素材やレースが違っていた。何者かにすり替えられたのだ。

 ジェシイはマイケルの死が殺人であることを確信する。


 しかし証拠第一主義の警察は納得せず、マイケルの死は事故として扱われたが、納得できないジェシイに助けの手を差し伸べたのはクイーン警視だった。


 彼女から、不可解な養子縁組のことを聞いたクイーン警視は、かつてから悪い噂のあったフィナーという弁護士を突き止め、マイケルの本当の両親についての情報を求めるが、クイーン警視が退職していたことを知らないフィナーは、2日後にそれを提供すると譲歩するが、約束の日時に再訪した2人の目の前でフィナーはガラス窓越しに射殺される。


 いよいよ連続殺人の様相を呈して来たが、かつての警察による捜査力を持ち合わせていないクイーン警視は、やはり同じように退職して余生を持て余していたかつての仲間たちを呼び集めて、捜査に協力を求める。フィナーの事務所の、顧客リストからはおそらくハンフリイのファイルが無くなっていたし、ハンフリイは夫人を遠く離れたサナトリウムに入院させてしまい、自身もネアー島を引き上げてニューヨークに出て来ていた。


 やがてマイケルの本当の母親はコニイ・コーイというナイトクラブの歌手であることが判明するが、ここでも犯人に先を取られコーイも殺害されてしまう。

 状況証拠からハンフリイがマイケルの実の父親で、そのスキャンダルを恐れて一連の犯行を犯したと考えたクイーン警視とジェシイとそのチームはセーラ夫人の入院先に押しかけたり、パール署長に協力してもらいハンフリイ邸の家宅捜索に出たりと強行策に出てハンフリイと直接対決するが一蹴される。


 かくなる果てはと、ジェシイの記憶に基づき手型付きの枕カバーを偽造までしてハンフリイを追い詰めるが(ハンフリイには右手の小指の第一関節から先が無いという特徴があった)、それも功を奏さなかった。彼は一眼でそれを偽物だと見破ったのだ。


 一旦は諦めかけたジェシイだが、雇われた直後に邸に出入りの洗濯女から聞いたある情報を元に最後は1人でネアー島のハンフリイ邸に忍び込んだ彼女に勝機はあるのか?


 クイーン晩年の佳作で、本来の主人公たるエラリイはただの一度も登場しない異色作。


 構成を始めいたるところにこれまでのクイーン流の手法が詰め込まれているが、読みどころはなんと言っても今まではエラリイを助ける脇役だったクイーン警視の大活躍と、最後にはなんと独身貴族の息子を差し置いてプロポーズまでしてしまうロマンスにある。

 ストーリーの展開はスピーディで、意外な犯人も用意されているが、退職した老人と生まれたばかりの赤ん坊を対比させることで、クイーン後期の人生感をうかがわせる。

 この作品の次回作に当たる「最後の一撃」では当のエラリイ自身が、50の坂を迎えていることから作者としてのクイーン自身も老いを感じていたことは間違いがない。


 しかし、定年退職して、過去の栄光から取り残されている老境のクイーン警視は63歳の老人として描かれているが、6月に誕生日を迎えると私自身が63歳になるので、70年近い前の世相とはいえどんなもんよ⁉️と思ってしまった。

 なお、これ以降の作品群ではクイーン警視はニューヨーク市警を退職したことにはなっておらず、ジェシイ・シャーウッドも登場しない。


 ところが12年後に発表された作品「真鍮の家」で再びジェシイは登場し、リチャードと結婚し、ハネムーンから帰って来たところでまた事件に巻き込まれる。


 「ローマ帽子の謎」から始まる作家探偵エラリイ・クイーンのシリーズの中で、時間軸と世界観が異なる稀有な2冊と言って過言ではなかろう。