人の世の不思議 出会い その① | われは河の子

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 これまで何度か、このブログを書くに当たって起こった共時性(シンクロニシティ 偶然の一致)について述べたことがありますが、

 今回は人との不思議なご縁の体験をシリーズにしてお届けしたいと思います。


 第一回目は、私が京都での浪人生活を送って、いよいよ二回目の大学受験に臨んだ19歳の早春2月の出来事でした。


 私はその年も本命はやがて母校となった京都の立命館大学でしたが、前年の現役の時にまさかの全敗の憂き目に遭っておりましたので、

 この年は、言葉にすると語弊がありますが、いわゆる滑り止めとして、神戸にあるKN大学と、同じ京都にあるRK大学も併願していました。


 その日はその年の受験の幕開けとなるKN大学文学部の入試でした。

 現在の大学状況はよくわかりませんが、当時のKN大学はいわゆる阪神間のキャピキャピ大学といった感があり、まして文学部です。

 試験会場は若い女性の熱気と化粧の匂いでムンムンするほどでした。


 当時関西ではバンカラで貧乏な左翼大学と思われていた立命館でも私の学生生活はああだったわけですから、もしKN大学に進んでいたならどのような人生を歩んでいたか不安になります。

 ヤンキーだった頃の砂漠和尚に絡まれてカツアゲかなんかされていたりして🤣


ああだった頃の私 写真中央


 そして試験の時、隣の席に座った女子受験生がめっちゃ可愛かったのです😍

 試験中なので主に横顔しか見えませんが、可愛い顔の中にボーイッシュな面影があり、大きくて少し吊り目がかった両眼と鋭い顎のラインが魅力的でした。

 その時の印象を思い出して誰かに例えようかと思いましたが、その頃ならともかく、脳を壊したオジサンは最近の歌手やタレントさんをまったく知りません。

 あえて言うなら若い頃にゴマキに似ているように記憶しています。


 モー娘時代の後藤真希 写真はお借りしました


 さて、試験に緊張し、隣の美女にドキドキしながらもなんとか無事に全教科を終えました。受験生たちは一斉に教室を後にします。

 その時、当時から手が(口が)早かった私は🤣、立ち上がった彼女に「どうでしたか?」と声をかけたのです。

 「○○が難しかったです。」とかなんとか、そんな返事が返って来たはずです。辺りを見回してみてもその娘は誰が友達がいるような風もなく、

試験中は顔をチラ見するのに夢中で気が付かなかったのですが、北海道出身の私にはまったく寒くないどころか、若い女性の熱気でむせ返りそうだったのですが、彼女は真っ白なモコモコのダウンジャケットをしっかり着込んでいました。

 その裾部分にカウベルの模様があるのが印象的でした。


 行きがかり上なんとなく一緒に教室を出て玄関へと向かいました。

 「お帰りはどちらですか?」

「阪急の岡本駅です。」

「じゃあおんなじだ‼️」

 ここまで行けば、あとはもう押しの一手です😜  なんとなく試験のこと、文学部のことなどについて他愛のない会話を交わしながら二人並んで駅の方に向かって歩いて行きました。


 ところが、小さいけれど歩行者用信号のある交差点に差し掛かった時、それまで青だった信号が急に点滅を始めました。

 その時、後ろからやはり駅を目指していた集団が雪崩のように押し寄せて、哀れ彼女はその人の波に巻き込まれて、たちどころに私の視界から消えてしまいました。


 一緒呆気に取られたものの、気を取り直して彼女を追おうとしましたが、すでに信号は赤に変わっていてそれもなりませんでした。

 それがゴマキ美女との(ゴマキのデビューはそれからずっと後のことですが)今生の別れとなってしまったと思ったのです。


 傷心を抱いてその夜寮に帰った私は仲間にその出来事を熱く語りましたが、誰も本当のこととは思わなかったようです🤣


 その2日後、いよいよ本命の立命館の受験です。さすがにここは同じ寮からも何人も仲間が受験したので、連れ立って寮の前の「九頭竜弁天前」バス停から、三条京阪行きの京都バスに乗り込みました。三条京阪でバスの乗り換えです。

 2月の京都はシーズンオフですが、隠れ里大原方面からやって来たバスは結構な乗車率でした。


 そしてその中に私は一昨日の彼女を発見したのです⁉️

 大きなバッグを抱えた母親らしき人と一緒で、二人の会話に夢中で、全然こちらに気がつこうとはしません。しかし吊り革を握る腕は白いダウンジャケットに包まれていました。

 彼女は私たちよりバスの奥に乗っていましたので、八瀬の中心部かあるいは大原から乗って来た物と思われます。受験時期は京都のホテルは軒並み満室になるので、もしかしたら市街地から離れた八瀬や大原の民宿にでも宿を取った地方からの受験生だったのかもしれません。


 やがてバスは若狭からの鯖街道を下りて、出町柳のバス停に止まりました。彼女と母親はここで降りました。後ろから混んでいる乗客を押し分けて降りていく時に、ハッキリとダウンの裾のカウベルのマークが見えたのです。もう間違いありません!私は思わず「アッ!」驚きの声を小さく上げたのでしょう?ふとそれを耳にした彼女が顔を上げて私と目と目が合いました😍

 彼女は口を大きく開けて何か言おうとしましたが、そのまま母親に促されてバスを降りて行きました。

 今日も受験だとしたら、おそらくDJ大か、NDJ短大に向かうのかも知れません。

 その後つらつらと考えてみるに、おそらく母親に付き添われて地方から上洛して関西の受験に臨んだ彼女はその日で京都滞在は終わりだったのでしょう。試験が終わったら、母親と合流して京を離れる予定だったのではないでしょうか?

  不思議な縁に導かれたわずか二日のトキメキでしたが、彼女が幸運の女神となって、その日の受験では、同じ寮から私一人だけが立命館大学に合格したのでした。