ミグ25亡命事件 | われは河の子

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東西冷戦時代中の1976年9月6日、米国への亡命を求め、日本の防空レーダー網をかいくぐり、函館空港に強行着陸した旧ソ連空軍のビクトル・ベレンコ中尉が療養先のアメリカの高齢者施設で死去したと報道がありました。


 当時中学生だった私はグラウンドでの体育の授業中にこの戦闘機が函館市上空を低空飛行しているまさにその時をこの目で見ておりました。


冷戦は終わりソ連も解体しましたが、ロシアは現在もウクライナと戦争を続けており、北朝鮮は昨夜もミサイルを発射し、国際的にきな臭い状況が続いていることは当時よりもはるかに悪くなっているとも言えます。