最後の悲劇 | われは河の子

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最後の悲劇(レーン最後の事件) エラリー・クイーン 1933年 角川文庫 昭和39年


 ニューヨーク市警を退職して私立探偵となったサム警部の事務所に青と緑の不思議な色の顎髭を垂らした謎の男が現れ、1000ドルを払い、1通のマニラ封筒を預かってくれるよう依頼する。


 それには数100万ドルの手がかりを納めてあるといい、毎月20日にサム警部に電話をかけて、自分の無事を証明するが、電話がない時にはドルリー・レーン氏立会いのもとでそれを開封することを依頼して去る。


 それから3週間後、フィッシャーという観光バスの運転手がサムの事務所を訪ねて、両者に共通の知人であるドナヒューの捜索を依頼する。

 ドナヒューは元警官で、現在では英国エリザベス朝美術と文化の宝庫であるブリタニック美術館の警備員の仕事についていた人物であった。

 前の日の午後、インディアナ州から来た休暇中の教師のグループが、館長の案内で美術館を見学中に警備員のドナヒューが突然姿を消して、その後現れないというのだ。

 しかもフィッシャーは19人の客を乗せて美術館に行ったのだが、帰りにはなぜか18人しか乗っていなかったというのだ。

 そして依頼を受けたサムが調査を始めたところ、インディアナ州からの一団は本来17人だったことがわかる。つまり観光バスには余分な人物が2人乗っていたことになるのであった。さらにその後の調査で、謎の青帽子の客が、美術館のガラスケースを壊して、イギリスから寄贈されたばかりの貴重なシェイクスピアの古書籍を盗んで行ったことも、さらに翌日にそれを送り返して来たこともわかる。


 この頃にはブリタニック美術館の名誉理事を務め、かつてサムに協力してX・Y・Zのそれぞれの悲劇の事件を解決した完全聾者の名優ドルリー・レーン氏と、サムの娘でZの悲劇からメンバーに加わったペイシェンス、そして彼女に想いを寄せるブリタニック美術館に勤務する若きシェイクスピア学者ゴードン・ロウが探偵チームを組んで消えたり現れたりする数冊のシェイクスピア本と、そこに隠された謎に挑む。


 エラリー・クイーンが、バーナビー・ロス名義で出版したレーン四部作の掉尾を飾る作品で原題は『ドルリー・レーン最後の事件』です。


 そもそもエラリー・クイーンとはアメリカの同い年の従兄弟同士が共作するに当たって作り出したペンネームで、2人はそこで作者と同じ名のエラリー・クイーンを主役とする長編推理小説を書き、ミステリ文壇に躍り出、その後エラリーを主役とした国名シリーズを続々と発表します。


 そして、英米ではよくあることなのですが、作家が違う出版社から著作を出す時に別名義を取ることがあります。


 そこで2人の従兄弟は、新たに往年のシェイクスピア劇の名優で、聴覚を失った名探偵ドルリー・レーンを主役に、バーナビー・ロスという筆名を使い始めます。明るくヤンキー気質そのもののエラリー・クイーンと重厚で英国古典主義風のバーナビー・ロス。作者はもともと2人の人物な訳なのですから、従兄弟はそれぞれマスクで顔を隠し、クイーンとロスに扮し、討論会で互いを攻撃する演出などを行いました。


 かといって、1人がプロットを考え、1人が文章を書くという小説作法は変わらなかったそうで、クイーンとロスで、小説の書き方が変わったわけではないようですが、のちにクイーンがその正体を明かした時にはそれを信じない読者や出版関係者が多かったそうです。


 この作品はおそらくクイーンが、別名義での活動を考えついた時から考えていた壮大なトリックストーリー構成の完成形に当たる作品であるので、そのトリックでは作者の分身であるエラリー・クイーンを使うことができなかったわけで、

トリックのためにわざわざ別の名探偵であるドルリー・レーンを創作したことになります。


 しかも、その四部作を構成する初期の2作である『Xの悲劇』と『Yの悲劇』はそれぞれ単独の長編ミステリとしても古今屈指の名作としてわが国での評価が突出しています。


 それだけ論理的に隙がなかったXやYに比べると、ストーリーがごちゃごちゃしすぎたり、偶然が多かったり、レーンを舞台から去らせるためにペイシェンスに女性版エラリーめいた行動をさせたりと、無理と破綻が多々見られます。

 とってつけたような殺人や誘拐、最後となってはどうでも良かったような謎の2人の男の動機なども陳腐に感じます。


 それと、私が身体障害者になったからではなくとも、おそらく現代では許されない身体的欠陥を複数用いたトリックなどは評価することができません。

 いくつかの短編に分割すればいい作品だったと思います。


 これも数十年間本棚に並んでいる本で、初読は高校生の時ですが、そのトリックに記憶が奪われて、こんな事件だったか?という詳細な部分はほぼ初読に近いものがありました。