函館中学石炭庫の怪 | われは河の子

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 昨日書評を書いた綾辻行人の『Another』はいわゆる学校の怪談物でした。何処の小中学校でも都市伝説的に学校の七不思議のような怪談が語り継がれるケースが多いです。アナザーにも一部紹介されていましたが、例えば「笑う骨格標本」「血を流す音楽室の作曲家の肖像画」「上りと下りで数が合わない階段」「トイレの花子さん」「怪人赤マント」などが一般的です。


 児童文学作家として有名な松谷みよ子(代表作龍の子太郎)は現代の民話の収集家としても知られました。彼女の遺した「松谷みよ子全集 現代の民話」の中には「学校」とか「鉄道」とかという分冊がありました。その学校編の中に『函館中学石炭庫の怪』という一話がありました。


 函館中学と言ってもそれは北海道南部に1校しか無かった旧制中学校のことで、私が卒業した高校は、その旧制函館中学の後身に当たる伝統校で、私が入学した昭和50年代にはすでにコンクリート造りの校舎に建て替えられていましたが、旧制中学以来の木造体育館が残り、旧体育館の名前で現役で使われておりました。私は高校の3年間、教室の暖房は石炭ストーブで過ごしました。当然校内に石炭庫は存在しましたが、卒業するまでそんな怪談は聞いたことがありませんでした。

 それを知ったのは大学で社会学を学び、民俗学や比較文化論にも興味を持ったずっと後年になってからでした。


 現在のようにSNSで瞬時に情報が拡散する時代とは違い、口コミによる情報伝達しかない時代でも都市伝説の拡散する早さは驚くべきものがありました。人間の持つ「不思議に憧れる心」がそれを下支えしたのでしょう。


 私たちの若い頃に印象的だったのは1979年に岐阜県発祥と言われて瞬く間に全国を席捲した「口裂け女」のブームがありました。伝播につれて各地でバリエーションは生まれましたが、3人姉妹であるとか、100メートルを6秒で走るとか、「ポマード」と言うと助かるとか、赤いセリカに乗っているなどというような共通項も多かったです。函館ではいつのまにか○月○日の青函連絡船第○便で、口裂け女がいよいよ本道上陸という噂が流れ、その日のその便の到着予定時刻には学校をさぼった男子中学生の群れで連絡船桟橋は大混雑したそうです。


 マスクが日常生活に必須となったコロナ禍の現在、


 このようなジョーク・グッズも販売されています。写真はお借りしました。


 誰もがマスクを着けているのが日常の世界。

 口裂け女にとっては怪しまれず住み良い時代になったのかもしれません。


 河童研究家を自称する私ですので妖怪についても詳しいですよ。