狼たちの宴 | われは河の子

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 狼たちの宴 アレックス・ベール 2020年

 扶桑社ミステリー 2022年


 ナチス・ドイツがヨーロッパ全土をほぼ手中に納め、ヒトラー政権下でユダヤ人への圧政が過酷になって来た1942年のドイツ、ニュルンベルク。前作『狼たちの城』で、レジスタンス(抵抗地下組織)に関わる恋人クララの周旋でユダヤ人としての身分を偽装され、家族とともに強制収容所送りを免れた元古書店主のイザーク・ルビンシュタインは、秘密警察ゲシュタポの犯罪捜査官という役割を書物から得た知識と機略で果たし、ナチスに接収された古城内で起こった人気女優殺人事件を解決した。


 そのまま逃亡して姿をくらますつもりだったが、女優殺害事件で知り合った現地のゲシュタポ高官の美人秘書ウルスラに想いを寄せられ、さらに彼女の父親が機械製造会社の社長で、ニュルンベルクにおけるナチスの幹部の一員であることから、彼女に取り入って父親から新型兵器の設計図を盗み出し、それをレジスタンスを通じて敵国(イギリス)に流すことで、結果的に多くのユダヤ同胞の生命を救うことになると考え、ウルスラとの交際を続け、彼女の父親の邸での晩餐会に招待され、さらに現地のナチス幹部たちに紹介される。


 しかしながら、そこで紹介された大管区長官の娘が何者かに殺害されたことから、再びドイツ随一の犯罪捜査官アドルフ・ヴァイスマンとしての活動を余儀なくされる。


 さらに彼のことをこころよく思っていない現地警察の捜査官ケーラーとの軋轢や、ウルスラとの結婚を目論む新聞記者が、その記者としての嗅覚で、ヴァイスマンの正体に疑問を感じ、彼を失脚させて、ウルスラの愛を独り占めしようと画策する。


 前の事件では地方の古城に配属されたゲシュタポの隊員たちは能力に劣る上にヴァイスマンの威光に畏れを成していたため、やはり本当は素人のイザークでもなんとかその難事件を解決できたが、このたびはケーラーは人間性には問題が多々あるものの、犯罪捜査官としての経験も腕も、勘の鋭さも一級品であり、勝手に恋仇と見做されたバッハマイヤーという記者も頭が回り計算高く、コネと情報網の使い方に長けていた。さらにはウルスラの父親も、被害者の父親もニュルンベルクにおけるナチス党幹部であるから、首都ベルリンとのパイプも強く、その要望によって、イザークはSS(ヒトラー親衛隊)とゲシュタポ長官を兼任する悪名高きハインリヒ・ヒムラーから直接電話で事件解決の指揮を取るよう命名され、ヒムラーは事件の進展次第では本物のヴァイスマンを知る部下に報告させるためにニュルンベルクに派遣すると言い出す。


 今回のイザークはその道のプロたちに囲まれ四面楚歌に陥るが、さらに悪いことに事件は連続女性殺人事件であることが判明する。


 身分がバレたら身の破滅が待っているし、実際にイザークの命を奪う計画も試みられる。

 絶体絶命の中で彼はまたしても成りすまし作戦を成功させ、事件を解決することができるか?



 第二次世界大戦における対独戦を扱った冒険小説や戦争アクション映画では昔から敵方将校や兵士に成りすまして潜入するというテーマは重視され、

アリステア・マクリーンの原作で映画化もされた『ナヴァロンの要塞』や『荒鷲の要塞』ではイギリス軍特殊部隊の戦士たちがドイツ軍に変装して敵の要塞に潜入するし、さらにポール・ブリックヒルの体験実話を元に映画化された不朽の名作『大脱走』でも連合軍の捕虜たちがいかに奸計を用いてドイツ人に成りすまして逃亡するのかが見ものであった。反対にドイツ軍側からの最後の大反撃を描いた『バルジ大作戦』では逆にドイツ軍の特殊部隊が英語を話し、アメリカ文化を学び、アメリカ軍に成りすまして後方撹乱任務を負う様が描かれていた。


 戦闘従事者である兵士や将校が敵軍の軍服を着て作戦行動に出た時は銃殺刑に処せられることが当時の国際法での常識であったし、仮に民間人の場合であっても、それがスパイと見做されれば死刑の運命が待っていた。


 しかし、外国物であろうが、日本の歴史物であろうが、例えその作品がフィクションに基づいたストーリーであろうとも、事件の結末はともかく、歴史の結末は私たちは知っているわけである。

 スクリーン上のスティーブ・マックイーンやクリント・イーストウッドがどんなエンディングを迎えようともナチス・ドイツは敗北し、ヒトラーは自殺を遂げその野望が潰えたことを知っているのです。真田十勇士がどれだけ活躍しても、大阪の陣で豊臣家は滅び徳川の天下が始まったことは否定することができません。


 その史実を踏まえた上で、なお読者を引き込むのは作者のプロット(設定)と、作家としての腕の振るいどころでしょう。


 映画やドラマなど映像作品を理解することが困難になった私ですが、前作を含めて映画化を強く希望します。


 戦争冒険小説としてもスパイスリラーとしても1級品でした。

教えてくれたkonstanzeさん、いつもながらありがとうございました❤️