読者よ欺かるるなかれ | われは河の子

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読者よ欺かるるなかれ カーター・ディクスン 1938年 

 ハヤカワ・ポケットミステリ 1975年


 病理学者のサーンダーズ博士は友人の弁護士ローレンス・チェイスに誘われて、女流作家マイナ・コンスタブルが屋敷で主催するパーティに招かれる。マイナの夫サム・コンスタブルはチェイスの遠縁に当たるそうで、そこでマイナが取材のため仏領インドシナ(現在のベトナム・ラオス)を夫妻で旅行した際見つけてイギリスまで連れてきたハーマン・ペニイクなる心霊術師が本物かどうか科学者として鑑定してほしいと依頼される。


 同席したチェイスの友人で検察庁に勤務するヒラリイ・キーンという魅力的な女性は、何か不吉な予感を感じていた。


 果たしてペニイクは初対面のサーンダーズが何を考えているかを的中させて博士は驚きの念に捉えられる。


 主人のサム・コンスタブルは高圧的な態度で妻や客人を支配しようとして、ペニイクをまやかしと決めつけている。夫妻は旅行中マラリヤに犯され、その後遺症を引きずっている。

 サムの挑戦的な態度にペニイクは、サムは晩餐の時刻、午後8時までには死を迎えるであろうという予言をする。


 夕餉までの間、各々割り当てられた部屋で過ごしていたが、8時15分前にサーンダーズは突然バルコニー越しに隣室から自分の部屋に逃げ込んできたヒラリイを保護する。何者かが彼女の部屋にいるというのだ。

 その騒ぎを聞きつけてスリッパとガウン姿のサムが様子を伺いに来るが、ヒラリイの釈明を聞くと自室に戻った。


 そして8時1分前、突如マイナの悲痛な叫び声が起こり、驚いたサーンダーズがドアを開けると、晩餐用の正装に着替えたサムが階段の手摺にもたれかかるような格好で、奇妙な踊るような仕草をしたと思うとその場に崩れ落ち、そのまま死んでしまう。法医学者であるサーンダーズが脈を取り、それが止まるのを確認したが、サムの主治医を呼び出し、2人がかりで、なんら外傷も服毒の形跡もないことを確認する。


 不吉な予感とペニイクの予言は的中したが、ペニイクは自分が犯人であり思念放射(テレフォース)の力でサムを殺害したと宣言する。


 ここからロンドン警視庁のマスターズ警部と名探偵HM(ヘンリー・メルヴィール卿)の出陣となるが、ペニイクは自分の超能力を喧伝するばかりで、自分の庇護者であったはずのマイナ夫人が彼の能力はインチキであると挑発する。


 捜査陣は引き上げ、チェイスも翌日弁護士会の会合があるという理由でロンドンに戻ることになり、ヒラリイも裁判の関係でどうしてもロンドンに戻らなければならないと、駅までマスターズ警部に送ってもらうことになった。残されたマイナを守るためサーンダーズが屋敷に残る。ペニイクは一番近いホテルに泊まると言って去る。彼を逮捕する根拠も法律もないのだ。


 その夜、薬を飲ませてマイナを寝かしつけた後しばらくは階段に腰を下ろして時を過ごしていたサーンダーズは邸内の温室で噴水のほとばしるような音を聞きつけ、温室に行って見ると、ガラス窓に不気味な顔と掌を押しつけて中を覗いているペニイクの姿を目撃する。

 慌ててマイナの部屋に駆け込むが、枕に顔を埋めて静かな寝息を立てているのを確認して安堵する。しかし夜中にけたたましく鳴る電話の音で我に帰る。驚いたサーンダーズが受話器を取ると、ロンドンの新聞社からだといい、「つい先ほどペニイクという男から電話で『12時までにマイナを殺す』と電話が来たが大丈夫か?」という不吉なものだった。サーンダーズは驚いたが「夫人はおとなしく寝ていますよ」と答え電話を切る。

 ところが数分後にまた電話がかかって来て「またペニイクから新聞社に電話が来て『マイナは死んだ』と宣告した」という。

 さらに次々と他の新聞社からも同様の連絡がくるので博士がマイナの寝室に行ってみると彼女は苦悶の様子を浮かべて事切れていた。


 ペニイクは自分のテレフォースの力だとマスコミに喧伝したので世論は大騒ぎになる。

 警察は前夜のペニイクのアリバイを確認するが、彼が泊まったホテルの従業員は、間違いなくペニイクは一晩中ホテルから動かず、夜中近くに盛んに電話をかけていたことだけを証言した。


 時まさに第二次世界大戦前夜(ナチスドイツがポーランドに侵攻したのは発行翌年の1939年)

 ドイツがロンドンを空襲するとか、毒ガスを散布するなどの噂にイギリス中が怯える中、ペニイクはナチスのスパイであるとか、テレフォースを使ってヒトラーを暗殺せよとの風評もいや増す。


 そんな中フランスのラジオ局から講演の依頼を受けたペニイクは、渡仏して、その生放送中に次の犠牲者を指定してテレフォースが科学的に正当であることを証明すると予告する。

 次に命を落とす者はだれか?


1930年代に勃興した謎解き本格ミステリ黄金期から40年近くもミステリ界に君臨したカーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カーの別名義)は、密室の王者、不可能犯罪の巨匠との異名をほしいままにして、数々の奇蹟を暴いてみせたが、HMが活躍する9作目の本作において、念力による殺人という、これまでにない不可能犯罪を描いて見せた。

 しかしそこは黄金期の純本格派である。昨今の日本のオカルトミステリのように、殺された死体が生き返って動き回る世界や、他人の霊が憑依することもありきの世界観を認めるなんでもありの変格派ではなく、名探偵はこの事件を解明してみせる。


 カーの作品としては今ひとつ知名度に欠け、謎の解明も解き明かされるとなーんだ⁉︎という感じで、彼を代表する傑作とは言い難いが、サーンダーズ博士の手記として語られる体裁の中で時折博士によって読者が誤った解釈をしないように警告する挿入句(それゆえ原題は「読者は警告された」THE READER IS WARNED とされている。)


もちろんサーンダーズの警告そのものが誤誘導(ミスディレクション)になっているのだが、その警告そのものに偽りはないし、HMが登場するまでに散りばめられた伏線の見事さには唸るほかはない。

 なにより100年近く経った現在のロシアとウクライナの戦争報道でも両陣営がそれぞれの発表をフェイクだと指摘したり、どの情報が的確なのかよくわからない状態を欧州大戦前に皮肉って見せたディクスンの反戦小説とも言えることに注目する必要がある。


 若い頃から何度も読み返しているはずなのに、トリックの大筋は覚えていたが、意外な犯人に驚いた。

 私が持っているのは昭和50年に再版されたポケミスだが、その後同じハヤカワから2002年に文庫化されたが、流行の波が激しいカーのこと、すでに絶版になっているようなのが惜しまれる。