災厄の町 | われは河の子

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 災厄の町 エラリイ・クイーン 1942年
ハヤカワミステリ文庫 昭和52年

 結婚式の前日に失踪した花婿が、4年ぶりにライツヴィルの町に帰って来た。
 彼を信じて独身のまま待ち続けた婚約者ノーラは彼を許し二人は結婚する。
 しかし、彼の蔵書の中から未発送の3通の手紙を発見したノーラはそれを読んで卒倒しそうになる。
それは夫ジムが妹に当てたもので、その内容は妻が突然発病し、悪化し、ついには死んだという内容だった。夫は私を殺そうとしている?
 やがてそのシナリオ通りの展開が起こり、ついに殺人事件が発生する。
 新作小説執筆のためにライツヴィルを訪れたエラリイは、図らずもこの事件に巻き込まれて行く。
 架空の町ライツヴィルを舞台に、旧家の個性的な三姉妹に降りかかる悲劇を描いたクイーン中期を代表する傑作。

 「Xの悲劇」「Yの悲劇」などのレーン四部作や国名シリーズの作者にして、本格ミステリ(パズル)を完璧に世に問うたエラリイ・クイーンはこれ以降、複数の作品でこのライツヴィルを舞台にしていく。
 先に傑作と書いたが、とりわけクイーンの熱狂的ファンの間に評価が高い。

 しかし、謎解きミステリとしての完成度はさほど高いわけではない。
 数十年ぶりに読み返した私は、ほぼ完璧にトリックと犯人を当てることができた。
 推理小説を読み慣れた者にはさほど難しい謎解きではない。
 ではなぜこれが傑作と名高いのか?
 それはクイーンがキャリアの中期に発表した作品であるからだ。
 二人の従兄弟同士の合作としてのエラリイ・クイーンは、その初期において、アラベスク織りか、箱根細工ような複雑で緻密な謎の提示と、精密機械のような論理的な推理を展開して次々と傑作・野心作を送り出し、本格ミステリを完成させた。
 しかしそのカミソリのような斬れ味抜群の頭脳を駆使する探偵エラリイ・クイーンは、時に人間味に乏しく、また彼を取り巻く人物像も平板の誹りを免れない。
 そんな時に冷徹ともいえる名探偵と、その、生みの親たちは、ライツヴィルという架空の町を作ることで、そこに生きる人々に生き生きとした個性を与え、溢れんばかりの愛情を注いで、彼らを描写する。
 しかし彼らは善人ばかりではあるが、市民集団としての悪意も萌芽する。ファシズムに怯えながらも、軍需景気に沸く田舎町にひたひたと満ちて行く原罪までも行間に散りばめられ、これがあの高慢なクイーンかと思わせる作風の変化をして傑作と呼ばせるのであろう。
  一冊もクイーンを読んだことのない読者にとっては、単なるよくできたミステリーかもしれないが、国名シリーズからスタートした幸運な読者にとっては、これはまぎれもない人間を描く『小説』である。

 2014年に同じハヤカワミステリ文庫から新訳が出ている。旧訳に大きな瑕疵があったわけではないが気になる。
 なお本作は、1979年に松竹映画から「配達されない三通の手紙』のタイトルで映画化されている。
 私は封切り時に観たが、松坂慶子のシャワーシーンだけが印象に残っている。