一番最初に、おそらくイエス没後30年くらいで書かれたと推定されているマルコ福音書にのみ出てくるこの若者。
場所はエルサレム。
過越の祭の夜。
ゲッセマネの祈り後に、ユダの裏切りにあって逮捕されたイエス。
後に使徒と呼ばれた弟子たちはみんな逃げてしまったのに、
亜麻布をまとった、この無名の若者だけがついていき、彼もまた捕らえられそうになったので、亜麻布を脱ぎ捨て裸で逃げていったとあります。
先述した神学者の加藤氏によると、
これは著者による一種の署名だとみなされることが多いということです。
つまり、福音書の作者マルコだということです。
もちろんマルコは、イエスの直接の弟子ではありません。
というより、その正体ははっきりとわかっていないのです。
一説には使徒ペトロの通訳マルコであるとされていますが、
このマルコであるとしても、生前のイエスには会っていません。
すなわち、裸の男は、その場には実在せず、著者の仮託の姿ということになります。
そこに実在しなかったわけですから、この後の3福音書に登場しないのも当然といえます。
マルコ福音書の特徴は、使徒批判です。
イエスの直接の弟子である12使徒は、どれもでくのぼうで、師であるイエスのことを信じているとはとても思えない言動が書かれています。
寝るなといわれているのに寝てしまう。
挙げ句の果てに師を裏切り、師の逮捕時には我先に逃げ出します。
イエスの後継者ということ、直接その言葉を聞いたことで、地位を確立している初期の弟子ではなく、
本当にイエスを信じて、この書を残す意思を、存在しない裸の男に込めたのでしょうか?
次回は、さらに驚きの仮説を紹介します。
これはクリスティかクイーンばりの大トリックともいえる説です。