ランク Aの上

 

戦時中、両親に死別し、孤児となり

 大人達に利用され、人間不信になった少女が

   児童福祉施設の先生と接するうちに、

     本来の素直な姿を取り戻す物語です。   

 

 

1943年、戦時中に、よくぞこんな映画が

 制作されていたことに

   驚かされました。

 

  1942年 6月 ミッドウェー海戦

 1943年 2月 ガダルカナル島撤退

       4月 山本五十六戦死

       5月 アッツ島玉砕

       7月 キスカ島撤退

      11月 アメリカ軍による

          島々への侵攻が本格化

 

戦時中ですので、愛国、軍国主義でなければ

  検閲は通りません。

 

この映画も、銃後の守りを描いた

  愛国プロパガンダ映画です。

 

しかし、国威掲揚映画ではあるのですが

  映画自体は、教師と生徒の交流を描いた

   教育映画の要素を強く持っています。

 

一人の孤独な少女を、

 まわりの大人たちが愛情深く慈しみ

  少女が様々な体験を通して

   凍てついた心が溶けて、

    人間性を取り戻していく姿を

      美しい自然を背景に

        描いています。

 

戦時中とはいえ、

  「映画は娯楽の王様」の時代です。

 

愛国軍国主義のガチガチ映画だけでは

  国民の支持が得にくいことも

    あったと思います。

 

  (でも、「愛の世界」という

    大胆な?題名で、よくぞ

     検閲が通ったものです・・・嗚呼)

 

1943年の映画には

  黒澤明「姿三四郎」

  稲垣浩「無法松の一生」

  マキノ正博「アヘン戦争」

    (ノンクレジットながら黒澤明が脚本参加)

  など、名作が上映さえています。

 

これらから、検閲官は

  映画の娯楽性をしっかりと

    認識していたと言えます。

 

実は、検閲があったり、

  制作本数が制限されるからこそ

    名作が生まれるという

      皮肉な結果になったようです。

 

この映画は、国威発揚の映画ではありますが

  特段、国威発揚が無くても

    充分に映画として成立できる内容です。

 

日本社会から爪弾きになった少女が

  更正して、社会へ戻りゆく姿を

     描いているからです。

 

 

1943年は、統制経済、配給制が厳しくなりつつある

 時代ですが、農村地方は都会に比べて

  食糧がありあした。

 

映画の中では、食糧不足が深刻となり

 登場人物たちが飢えているようなシーンは、

     猟師の子供たち以外は

       ほとんどありませんでした。

 

でも、この映画を観た当時の庶民は

  映画の食事のシーンを観て、

    うらやましく思ったような気がします。

 

  (この映画は、信州で撮影されました。

 

  ひょっとしたら、豊かな?食事を求めて

   スタッフキャストは、この作品を

     制作したのかもしれません。

 

  そんなことは無いと思いますが・・・)

 

この映画でも、食糧増産が強調されており

 この映画でもイモが主食となってきているのが

  わかります。

 

  (私の義理の父は、幼い頃は、

     戦争中、敗戦後の食糧難の時代でしたので

       イモばかり食べていたそうです。

 

  ゆえに、イモを見るだけでも大嫌いで、

     絶対に食べません。

 

  その反動で、美食家、グルメになり、

      糖尿病を患っています・・・嗚呼)

 

この映画の魅力は、

  美しい大自然中を走る登場人物を

    移動カメラで横から撮影しているシーンです。

 

ともかく、登場人物たちは、森、林、雑木林の中だけでなく

  小川やせせらぎの中で足を濡らして、

     転びながらも、走り抜けます。

 

ひつこいくらい、何度も走るシーンが続きます。

 

でも、この走るシーンが美しいのです。

 

  (俳優は、寒くて大変だったともいますが・・・)

 

ひょっとしたら、黒澤明「羅生門」の森のシーンの

  原点なのかもしれません。

 

 (実は、この映画の脚本家の一人である黒川慎は

    黒澤明の別名です。

 

  黒澤明は、脚本家として、この映画に参加しています)

 

この映画のもう一つの魅力は

  19歳の高峰秀子の若さ溢れる美しさです。

 

頑な寡黙な少女が、心を開いて

  成長する姿を見事に演じています。

 

ズバリ、当時の大人気アイドル映画です。

 

 

高峰秀子は、1941年、17歳の時、

  山本嘉次郎監督「馬」に出演しました。

 

  撮影中、馬から落馬しそうになった時

    高峰を抱きかかえ、優しく背中を

     労わってくれたのが

      助監督だった黒澤明監督でした。

 

  山本嘉次郎監督がエノケン映画で忙しかったので

    映画の半分以上、黒澤明が撮影しました。

 

  黒澤明の実質のデビュー作は「馬」です。

 

  「馬」の脚本も黒澤が大きく関わっています。

 

  山本嘉次郎は、 「黒澤が『馬』を良くしてくれた」

    と感謝しています。

 

  この映画で、高峰は、31歳だった黒澤に

    初恋をし、二人は恋に落ちます。

 

      (年の差があるように思うかもしれませんが

      当時は、まあ当たり前というか

        よくある時代でした)

 

  超売れっ子アイドル女優高峰と

    助監督の黒澤の恋です。

 

  デートは映画を観に行ったくらいだったとか。

 

  ある日、黒澤の恋の噂があった山本嘉次郎の

    妹が映画の見学に来た時、

      高峰は拗ねて、一日映画の撮影が

        できなかったとか。

 

   「馬」撮影後、黒澤が仕事部屋を借りた時

     高峰に「近所だから、遊びにおいで」

       と誘います。

 

   2、3日後、高峰が訪問するや否や、

     高峰の義母が、高峰を連れ戻し、

       1週間、自宅の2階に監禁されます。

 

   (高峰の母は、4歳の時結核で亡くなったため

        父の妹の養女になります)

 

   この事件の直後、「高峰と黒澤が婚約した」と

     新聞記事になります。

 

   会社、義母などの話し合いにより

     二人は別れさせられます。

 

   高峰 「昭和十六年は、私にとって

         『恋よさようなら』

          そして

         『戦争よ、こんにちは』

           の年であった」

 

   なお、高峰秀子は、

    1955年、昭和30年に

      助監督だった松山善三と

        大反対を押し切って結婚します。

 

 

   黒澤は、1944年の監督2作品目「一番美しく」の

    主演女優・矢口陽子と結婚します。

 

        (1作目は「姿三四郎」です)

 

   なお、黒澤が、積極的に手紙を送るなどして

     口説いたのが真相のようです。

 

   黒澤天皇が、頭が上がらなかった

     唯一の存在は、妻だったそうです。

 

 

    もし、黒澤と高峰が結婚していたら

      日本の映画史は、

         大きく変わっていたでしょう。

 

    黒澤と高峰は、「馬」以降、

     一緒に仕事をしたのは、敗戦直後の

      「明日を創る人々(1946)」だけです。

 

   (意図的に、本人たちも、周りの映画関係者も

      避けたのでしょう。

 

    「焼けぼっくいに火が付いた」ら

            大変だったからかも・・・)  

 

    なお、黒澤は、この映画の共同監督に

     名前が載るのを、後に拒否しているので

       黒澤作品群には、含まれていません。

 

      (理由は、分かりませんでした・・・

 

       共同監督だったので、

        完璧主義の黒澤明は

          納得がいかなかったのでしょう)

 

 

ヒロインをひたすら信じて、裏切らない先生を

 演じるのは、里見藍子です。

 

派手な演技をせず、純粋にヒロインを

  支えようとする健気な先生役を

     演じ切っています。

 

 

救護院の校長役は

 戦前から戦後まで、名脇役で活躍した。

   菅井一郎です。

 

手堅い演技をします。

 

 

漁師の二人兄弟の子役も

    上手い演技をします。

 

監督は、早撮りの青柳信雄で、

  江利チエミの映画「サザエさん」シリーズの

    作品を手掛けています。

 

後輩の黒澤明とは、仲が良かったそうな

 

 

ドキュメンタリータッチで、

  しっかりと撮影してる手堅い監督です。

 

オープニング後にある

  列車と駅のエピソードシーンは、

     名シーンと言えると思います。

 

森の中といい、刈り取りの終わった田圃を

 女性教師が 逃げたヒロインを

   走って追いかけるしーんなど

    印象深い映像となっています。

 

ともかく、森の中を駆けるシーンを

 これほど長く、多くを撮影している

   映画を初めて見ました。

 

美しい映像です。

 

なお、この映画の助監督は、市川崑です。

 

この映画に、悪役は出てきません。

 

心優しい映画です。

 

丁寧に、撮影されています。

 

それでも、ちゃんと、ハラハラドキドキと

 させられるシーンが、用意されているのには

  感心させられました。

 

単調な、在り来たりの作品にならないように

  よく計算された、上手い演出、シナリオです。

 

戦前の農村、山村の風景や風俗を

 みられるのも魅力です。

 

個人的には、寮生たちが集団で

  畑を耕しているシーンが

     素敵だと思いました。

 

地味ですが、いい映画です。

 

白黒映画の良さ、美しさが

  発揮されている映画です。

 

是非、ご覧ください。

 

 (私のひねくれ者の友人が観ても、

        良かったと言っていました)

 

日本映画専門チャンネルで

  観ました。

 

今なら、再放送で観ることができるはずです。
 

心が温まる映画です。

 

なお、YouTubeでカラー化されたものを

 観ることができますが、

   白黒画面で観ることを

      お勧めします。

 

白黒映画は、白黒で観ないと

  本当の良さは分からないと思います。

 

たくさんのアイドル映画がありますが、

  この映画は、アイドル映画の

   出色の名作だと思います。