私が就職して、奈良に住んでいた頃の話である。
ともかく好奇心旺盛で、日本のどこかでイベントがあるたびに
四国から見に出かけるのが母の日常だった。
ある日、一人暮らしのアパートに、母から電話がかかってきた。
母 「○○、シルクロード博に行くけんな。
△△(私の姉)も一緒に行くけんな!」
もちろん旅館業は、伯母に押し付けてやってきた。
ちょうど高松塚古墳の見学施設が完成し、一般公開した頃だった。
古墳見学の入場料が何百円か、したかと思う。
古墳の前には、観光客が集まっていた。
母は料金表を見て、
母 「3人でちょっと高いけんど・・・」
と独り言を言うなり、突然、見学に訪れていた他人様に声をかけた。
母 「皆さん!10人以上だっら団体料金で安くなるけん、
一緒に団体になりませんか?」
私と姉は呆気にとられたが、
そこは外交上手な、人たらしの母の一声で、
すぐににわか団体が結成された。
(施設員は、聞こえたか、聞こえならざるか、御諫め無しだった)
団体料金で見学した方々は、母に感謝をしていた。
その後、母と姉の3人で、石舞台などを明日香、奈良公園を探訪した。
母は、後に、脳腫瘍で亡くなるまでに、5回手術をすることになる。
この奈良観光が、母との最期の旅となった。
今も、高松塚古墳の女官に、母の面影を浮かべてしまう。