学生時代だった。
 
サークルの仲間が部室に現れるや否や、突然
 
「これから、岡山の実家へ帰る」
 
と言い出した。
 
驚いて、帰省理由を尋ねると
 
「親から100万円借りるんだ!」
 
「なぜ?」
 
口ごもって正確なことを言わない。
 
何度も問いただすと、ついに語ったことは
 
「100万円が、1週間で200万円になるんだ!」
 
驚愕!
 
「そんなアホなことがあるか!」
 
と、1時間以上話し合ったが、説得できない。
 
よく聞きだすと
 
今晩、某ホテルでその儲け話の説明会があるという。
 
「よし、一緒に行ってやろう」
 
と、本人と私で、ちょっと怖かったが一緒に出かけることにした。
 
ホテルの1室には、すでに十数人が座っていた。
 
後ろの方に並んで座った。
 
若い男が、ホワイトボードで説明を始めた。
 
ズバリ、マルチ商法。
 
私は、彼の耳元で、少し大きな声で、説明者の耳障りになるように
 
「勧誘できなかったら、お金は集まらない。
 
 お金を出す家族、親戚には限りがある。
 
 学生仲間は貧乏で金がない。
 
 数学的にネズミ算だから、すぐに限界がくる。」
 
と、言い続けてやった。
 
ついに説明者が苛立ち、私のところへ来た。
 
「静かにしてくれませんか!話を聞く気がないなら出て行って下さい!」
 
「はい」
 
と素直に返事をしたが、無視して
 
少し声を落として、
 
「嘘の儲け話だ。
 
 本当に儲かるなら、他人に言うわけがない。自分だけで儲けるはずだ。」
 
と、囁き続けてやった。
 
1時間ほどの説明会だった。
 
終わった後、色気たっぷりの20代の女性マルチ勧誘者がやってきた。
 
「説明会は、どうでしたか?」
 
「儲かるというわりには、地味な説明会ですね」
 
と言ってやったら、私を無視して、当人に
 
「お金を、持ってきてね」
 
と、親しげに当人の目を見つめながら言った。
 
「はあ・・・」
 
「待ってるわよ」
 
「はあ・・・」
 
当人は、気のない返事で答えた。
 
逃げるが一番と、あわてて
 
部屋を飛び出した。
 
エレベーターに乗ると
 
会場にいた若者たちが
 
「絶対に、金を用意するぞ」
 
と言っていたが、
 
私は、彼らには何も言わなかった。
 
 
その日の帰り道、
 
「騙されていたんだな・・・」
 
と、当人がポツリと言った。
 
 
彼がマルチと接触したのは、マルチ商法に取りこまれた学生主催の大学内のダンスパーティーだった。
 
あの色気たっぷりの女性に誘われたためだった。
 
 
その後、勧誘がひつこく彼にあったが、
 
きっぱりと断ることができなというので
 
また、私が、立ち会うことになった。
 
場所は、大学内の生協の会議室。
 
ダンスパーティー会場だった。
 
数人の学生が、酒を飲みながら踊っていた。
 
会場で、きっぱりと彼に断らせた。
 
その時、
 
あの色っぽい女性が哀しそうな眼をしていた。
 
その表情には、マルチ商法から、抜け出すことができない
 
自分の意思の弱さが出ていたように見えた。
 
 
後で知ったのだが、色っぽ女性は、教育学部の5年生(留年生)だったそうだ。
 
マルチの彼氏から離れられなくなって、大学にも戻れなくなってしまったらしい。
 
今でも、彼女の哀しい表情を覚えている。
 
 
初心な当人は、元気を取り戻した。
 
マインドコントール直後で、洗脳が浅かったのがよかった。
 
二十歳の頃だった。