Sweet Life~姉妹育児2014&2017生まれ~ -33ページ目

Sweet Life~姉妹育児2014&2017生まれ~

2014年&2017年生まれの姉妹を育て中。パンやスイーツ作りが好きです。子供たちの学費のため家計管理も頑張り中です。



救急搬送された翌日、
長女の入院支度をして病院に戻ると
口や鼻にたくさんの管が入り
太ももからカテーテルを入れたくさんの
点滴薬が通されていました。
 
裸のまま、
体全体には体温を冷やす
機械が巻き付けられていて
体はすごく冷たく
目にもテープが貼られていて
そんな娘の姿を前にして
言葉になりませんでした。

そこに先生がいらして
現在の容態を説明してくださいました。

昨日、CTで腫れていた脳は
腫れが引いたとのこと。

昨日と今日の画像を比較したものを
見せてもらい、
確かに真っ黒だった画像に
白い線や形が見えました。

それでも普通より
まだ腫れているのか聞いたら
このくらいが通常だから、
医師達がパッとこの画像を
見せられたら異常はないね。と
評価するくらい。と。


それを聞いて本当に本当に
頭を下げて感謝しました。

薬が長女に合ったようで
頭の手術は回避できたことに安堵しました。


このまま熱を上げないように
今のまま治療を続ける方針を伝えられました。


私が病院へ向かっている午前中に
髄液の検査をしたようでした。

その結果が出て、
髄液にウイルスは検知されず
髄膜炎の疑いは無いようで
それも安心しました。

どん底に突き落とされ真っ暗な闇の中で、
命だけは助けてください。と
願い続けた1日目から
少しずつ
小さな希望が見えてきた2日目でした。









7月29日20時30分

娘を乗せた救急車から降りると
主人と次女、母と私の妹夫婦と
その子供たちがいました。

妹の旦那さんが運転して
母を乗せ
東京から私の自宅に寄り
主人と次女をピックアップして
県内の救命救急医療センターまで
連れてきてくれました。

救急車を降りた瞬間、私は号泣。

皆に説明する暇もなく
病院側のスタッフに誘導され
受け付けをしなければなりませんでした。

全員、小児救命救急の集中治療室がある
家族ルームで待機していたところ、
長女の処置が一旦、終わったため
主人と母と私で医師からの説明を
別室にて受けることになりました。

医師からは長女の頭の
CT画像を提示されました。

脳が腫れていて、隙間が無いこと。
痙攣が1日に何度も起こっていること。

医師から言われたのは

痙攣重責 急性脳症の疑い。でした。

右矢印脳症には色々種類があるけれど、
おおまかに言えば
後遺症を残すものか、残さないものか。
に分かれること。

右矢印このままいくと長女は
後遺症を残すタイプの可能性が高いこと。

右矢印いくつか脳症に良いと言われる薬があるが
どれかが合うかもしれないし
全部合わないかもしれない。

右矢印合わなく、脳の腫れが進めば
今夜すぐにでも脳の圧を逃がすための
脳手術も行う覚悟でいること。

右矢印最悪の場合も起こり得ることを
頭に置いておく事も必要だという事も。

右矢印これからの5日間がヤマ。


医師はあらゆる可能性を
家族に伝える義務があるため
医師の説明を聞いた後で
それぞれに必要な治療の同意書に
署名をしました。

急性脳症。。

脳症って何。。。?
よくウイルス感染で
脳症の重症化を防ぐために
予防接種しましょう。とかっていう
あの脳症?

この日はもう何も調べる気力すら
残っていなくただひたすら、
急変しない事を祈り
万が一のため、私達家族と母は
病院の家族ルームで夜通し待機。

両親と祖父母以外は
面会すらできないので
妹家族は帰宅することになりました。

一夜あけ2日目の早朝、
呼び出されずホッとしながらも、
私と母と次女は一旦家に帰り
長女の入院に必要なものを揃え
私だけ、長女と主人がいる病院へ
向かいました。
















7月29日の朝その事。

いつもなら絶対かけないブランケットを、
寒いと感じたのかブランケットを
自分でかけていました。

そこから、いつも通り、皆で起きると
胃液しか出ない軽い吐き気に襲われました。

風邪かな。と思い
熱を測ったら40.1度でした。

喉が乾くというので、
アクエリアスをあげましたが、
全部吐いてしまいました。

ソファーで横になっていると
右手が震えていました。

寒いの?と聞くと、
うん。と言うので
熱からくる悪寒かな。と思い
いつも行っている小児科へ
朝から行きました。

病院では尿検査をしましたが
菌など見つからず
点滴と吐き気止めを注入したにも関わらず
点滴終わる頃に病院で嘔吐。
点滴中も眠っていました。

とりあえず、解熱剤と抗生剤を
病院で内服したので帰宅して、
また何かあれば午後受診。
とのことでした。

帰宅し、すぐに寝かせると
ずっと眠っていました。

ちょくちょく息をしているかは確認し
次女の相手をしていました。


そして異変が始まったのが15時。

ズズズーっと音が聞こえ
次女が鼻水でも出してるのかと思い
見せてごらん?と確認しても
鼻水は出ていませんでした。

あ、パパがアレルギーで
よく鼻をかんでいるから、
パパかと思いきや
同じ部屋にいませんでした。

じゃあ何の音?とハッとして、
寝ている長女を確認したら
長女が口から泡を出して
けいれんしていました。

慌てて主人を呼び、
長女の呼吸を確認してもらいながら
私は救急車を呼びました。

救急車を待っている間も
長女は受け答えに反応するけれど、
黒目は上向きで戻りませんでした。


救急車が到着して
すぐに総合病院の
小児科に搬送されました。

正直、慌てましたが
これが熱性けいれんなの?
よくある痙攣だから。。きっと大丈夫。
と救急車の中では
少し落ち着いた自分がいました。


総合病院の小児科で処置を受けている間、
先生が説明しに来てくれました。

右矢印少し熱性痙攣にしては長かったこと。
(10-15分)

右矢印意識レベルが低いこと。

右矢印そして、血液検査をしたら
通常白血球は8000くらいなのが
3万を超えていること。

明らかにおかしい。ということでした。

小児科医師総出で話し合い
髄液検査をする。と。

髄液?
白血球数が異常?

長女に痛い髄液検査。。

なんで?なんでこんなことに?

頭が真っ白になり
その場で泣き出してしまいました。

その間にも長女は眠っていて
時々目を覚ますも、
受け答えはうなずくのみ。

一度だけ、自分の名前を呼ばれたら
はーい。と声で反応しました。


しかし、脳のCTを取った結果、
脳が少し腫れているのが分かり
腫れている状態での髄液検査は危険なため
見送られました。

脳が腫れている。。

どういう事?

あれよあれよと、
長女は小児科病棟へ運ばれで
適切な処置を受けていましたが、
再度、痙攣が始まりました。

17分間の痙攣。

熱せい痙攣であれば
1日に1度、5分程度なもののようです。

長女はその後も痙攣したため、

どの時点でかは分かりませんが、
痙攣止めをいくつか点滴されたようです。

そして、医師たちの判断で
総合病院の救急よりも
更に高度な治療を受けられる
高度救命救急医療センターへ
救急搬送される事が決まりました。

そして、この時点で
長女は人工呼吸に切り替えられました。

安全に全ての適切な処置をするために
切り替えられたとは言え、

人工呼吸。。


長女が自分で息をしていないという現実に、
絶望しか感じませんでした。

この時点で私の思考回路は
止まってしまったかのように、
何の説明も頭に入りませんでした。

娘のこんな姿に
私は立っていられなくなり
その場でしゃがみこみ、
泣き叫んでしまいました。

看護師さんから
別室に案内されて
待機するように誘導されました。

高度救命救急医療センターから
専門の医師がまずこちらに来てくださり、
病院で容態など引き継ぎ
一緒に救急車に乗って
高度救命救急医療センターへ向かいました。

一緒に救急車に乗りながら
医師は手動で娘の人工呼吸をしてくださっていたのは見えました。

一体、何が起こっているのか?
なんで、救急病院に行ったのに
更なる高度救命救急へ向かっているのか?

私、何か悪いことしたのかな?
私が代わりに病気でも
死ぬこともするから
長女は助けて。。


私は長女を見ることすらできず、
そんな事ばかり考えながら
ただ、救急車の窓に寄りかかり
姿勢を保つ事が精一杯でした。



続きます。
昨日は少しずつ薬を減らして
鎮静剤を切っていくプランでした。

先に主人が朝から向かい
私は次女の世話があったので
(子供は入れないので。)
次女のお世話をしたあと、
母に託して
病院に午後から向かいました。

病院に向かっている途中、
主人から動画が送られてきました。

鎮静から醒めたような、
少しもがいている感じでしたが
手足をばたつかせていたため、
安全確保のため
また鎮静剤で眠らされていました。

私が到着して
しばらくは眠っていましたが、
次女の世話もあるので
帰らなければならない
30分前くらいに再び覚醒。

今度は私が声をかけました。
長女は始めはぼんやりしていましたが
私の言うことにうなずき始め
次第に目もしっかり開けてくれました。

ただ声に反応して訳もわからず
うなずいているのかな?と
不安はありましたが、
眠いの?と聞いたら
首をふってくれたので
意思疏通はできることだけでも
分かり、安堵しました。


まだ人工呼吸は外していないので
言葉は発せませんが
私が、ママだよ、ママいるよ。と声をかけると、「ママ」と口を動かしてくれました。

先生方は、薬徐々に切って
再び同じ発作が起こるか
観察しなければならなく
後遺症などは
完全に薬を切ってみないと
何とも言えない様なので、
まだまだ先は長いですが
とりあえず、
無事に目覚めることは
クリアできて良かったです。




長女は生れた時から
全然手が掛からない育てやすい子でした。

こんなに手がかからなく
聞き分けも良くて
心優しい子

主人の海外単身赴任の中、
1才の暴れん坊次女を抱えて
生活してこれたのも
4才の長女の手助けが
あったからこそでした。

でも、頭のどこかで、
なぜか長女に関してのみ、
こんなにいい子なのに、
まさか、悪い病気とかで
離れ離れになることなんて無いよね?って
夜になると長女の寝顔を見ながら
思う事が時々ありました。

たぶん、それは、
私が長女を妊娠していた時に見た夢が心のどこかで引っ掛かっていたからかもしれません。

その夢はずっと前に
このブログにも軽く書いたことがありました。

夢の中で
小学生くらいの女の子がまさに病室のベッドの上で裸になって横になっていたのを
私は優しく抱きしめて
「大丈夫だよ」と言っていました。
そこで、目が覚め、
妊娠しているかも。と直感で分かり
検査薬をすぐに買いにいきました。

結果は陽性でした。

あの夢の中の女の子が長女だとは
あまり思いたくはありませんでした。
病室で横になっていたから。
たぶん、前に書いたブログでは
病室とは書かず隠していた気がします。

ただ、お腹に赤ちゃんがいることを
教えてくれただけだよね。って
自己完結していました。

でも、今は、思う。
あの子はきっと長女だったんだ。って。
こういう事が起こるけれど、
私が大丈夫だよ、と言って抱きしめたから
安心して私の元に来てくれて
夢でもうお腹にいることを
教えてくれたんだな。って、
今だから、思います。

だって夢と今の現実が同じ光景すぎて
認めざるを得ない。
裸の長女、眠っている長女。
それを私が上から抱きしめて大丈夫だよ、と
言っている光景。
そして、そこが病院であったこと。

今まで全然手がかからなく
育てやすかったのも、
これからが大変になるからなのかな?

逆に手がかかり過ぎる次女は
これから先に長女ばかりになってしまうのを
きちんと分かって生まれてきたから、
今のうちに、ワガママ放題して
気を引かせようとしていたのかな。

結局は単なる事後の
こじつけですね。。

でも、そうでもしないと
受け止められません。



今日も病院の集中治療室へ行きました。

ママ来たよ~、と、
声を掛けたら驚く事に
片方のまぶたを開けました。

驚いて看護師さんに言ったら
完全に眠らせてる訳ではないから
認識はしていないけど、
耳は聞こえているから
反応はするかもしれない。と。

思わず嬉しくて号泣してしまいました。

うっすら開いていた片目が
声をかける度に
だんだんパッチリ開くようになり
3日ぶりに見た長女の瞳、
たくさん話しかけました。

長女は右に顔を向けていたため
左にいた看護師さんたちは確認できず
長女が目を開けていると言っても
うっすらだと思っていたようです。

処置をしに右に来て驚いていました。
え!こんなに開いている!と。
普段は話しかけても呼び掛けても
目は開けたことがなかったそうです。

ママの声を覚えていてくれたのかな?

それだけでママは嬉しいよ。

病名については
まだ確定診断となっていないため
はっきりしたら
闘病の記録として
何が起こって今の状態になったのかも含め
残していこうと思います。

救急搬送当日は最悪な場合の事も
想定され5日がヤマだと言われた長女ですが、
3日目の今は
最悪な状況から抜け出せたのかな?
目覚めてみないとわからないのかな。

明日、長女から一度、
鎮静剤を抜いてみる予定だそうです。

目覚めてくれるかな?

明日が待ち遠しいけど怖い。
でも長女に
早く会いたい。。。