すみません。私事で、しかも、かなりの長文です。
もし宜しければ、お時間のある時にどうぞ。
金銭感覚というものは、実に、微妙な問題だ。
「金銭感覚が合うか、合わないか」は、人と人との関係において、もしかしたら、一番大切なこと、なのかもしれないのに、私達は、なるべく、その話を避けるようにしている。
何故ならば。
私達は、「相手の金銭感覚を察する」という技を、幼い頃から、ある魔法の言葉によって、取得しているからだ。
「よそはよそ うちはうち」
懐かしい。母の声だ。
ひな祭りが近づくと。
従姉妹や友達のおひな様を羨ましがる私に、いつも、母はそう言った。
どんなにお願いしても、泣いても、駄々をこねても、母は買ってはくれない。
いや、母というよりも、そもそも、祖父母が、私には、買ってはくれなかったのだ。
仕方がないから、私は、父が社員旅行でお土産に買ってきた人形を、勝手に、おひな様に見立てて、折り紙やお菓子を飾っていた。
京都のお土産だったと思う。
ガラスケースの中で、白い焼き物の人形が、2人で舞う、という感じのものだったから、何となく、雰囲気も合っているし、これで良しと、私は満足していた。
今思えば、きっと、人形も大変だっただろうな。申し訳なかった。
幼い私につきあってくれて、本当にありがとう。
大人になった私は、もう、おひな様を羨ましいとは、思わなくなった。
初めてのお給料。
私は、近所のお魚屋さんに「おまかせ」で頼んでいた、お刺身の盛り合わせを受け取って、意気揚々と帰宅した。
父は、お刺身が大好きだ。喜んでくれるだろうか。
お刺身以外にも、映画のチケットを、2枚用意していた。
映画が大好きな母のために。父と一緒に、楽しんでくれたらいいな。
それなのに。
私は、母とケンカをしてしまったのだ。
「私のお給料は、全額母が預かって、その中から、母が私へお小遣いを渡す」という母の主張は、私には、到底、受け入れられるものではなかった。
「何で。ちゃんと家に入れるから。それ以外は、私が管理する」と私が訴えても、母は譲らない。
目の前に、せっかく、両親のために用意した、お刺身があるのに。マグロだよ。お母さん、トロだよ。
「35,000円を、家に入れる」「35,000円を、母が預かって、私名義で郵便局の定額に入金する」という折衷案により、最終的に、私は、70,000円も、母へ渡すことになった。
(更に追加で、賞与さえも、100,000円を、母が預かって、定額に入金することになった)
恥ずかしい話だが。
それからの私は、母へ渡した70,000円以外、毎月のお給料を使い切っていた。
いや、正直に言えば。
使い切るどころか、足りてすらいなかった。
賞与で、半年分の赤字を補充して、またゼロから始めるという、自転車操業に陥っていた。
それには、理由があった。
私が、父に似てお酒が大好きで、とにかく、仕事の後には、一杯飲みたかったから、だ。
別に、オシャレなBarとかカクテルとか、ではなく。
居酒屋とかビールとか日本酒とか、お通しとか、ホッケやイカを焼いたものとか、モツの煮込みとか、が好きだった。
結婚が決まり。
私は、様々な費用の支払のために、私名義の通帳の返還を、母にお願いした。
ところが。
母は、私には渡さない、と言う。何度、お願いしても、母の返答は変わらない。
「話が違うではないか」
私は、父に訴えた。号泣する娘に、父は穏やかに話し始めた。
「〇〇くんが、大変なことは、よく分かっている。
だから、〇〇くんは、結婚式で、〇〇家の分の支払だけを負担してくれたらいい」
「それ以外のお金は、全て、私達が支払うから、安心しなさい」
「お母さんは、お前にお金を使わせたくないだけで、結婚式が終わったら、きちんと渡すつもりだよ」
彼にも、両親の考えを、そのまま話した。
高校生の頃から、金銭的にも、精神的にも、ほぼ誰にも甘えられずに、1人で生きてきたような彼も、困惑していた。
「お義父さんとお義母さんに、僕も甘えても、本当にいいのでしょうか」
「入籍だけで、という〇〇くんに、どんな形でもいいから、娘の晴れ姿を親族に見せたいと、式を挙げることをお願いしたのは、こちらだ」
「〇〇くんの事情を分かっていて、お願いしたのだから、さすがに〇〇家の分までは無理だけど、それ以外は、こちらが用意するよ」
「分かりました。では、いつか、お義父さんとお義母さんに、お返しします」
「返さなくていいんだよ。もし、返したいのなら、2人に子供が生まれたら、その子供に、私達と同じように返してあげなさい」
「いいかい、皆、そうやって、返していくんだよ」
彼の小さな古い借家には、家電や家具や布団など、生活するための一式が、新品で揃った。
私達の結婚式は、親族と友人だけの、仲人さんもいない、小さなものだったけれど、お料理と引き出物だけは、父の願い通り、きちんと豪華にした。
結婚式が終わると、夫の手元に残ったお金は、数万円だった。
その代わり、私は、今までの私の生活からすれば、考えられない大金が入った通帳を、母から渡された。
通帳を見て、ふと、何となく、頭に浮かんだ。
「もしかしたら、これから、2人で頑張ってお金を貯めれば、家を買えるかもしれない」
夫は、ずっと、「自分の家」に憧れていた。
そうだ。そうしよう。このお金は「家の頭金」にしよう。
そう決めてから、私は、誘われた飲み会には、もちろん参加したが、仕事帰りの一杯は、もう飲まなくなった。
数年後。私達は、「自分達の家」を購入した。
私は、母から「家の頭金にしなさい」と、私名義の通帳を渡された。
その通帳には、私が家に入れていた35,000円が、毎月、定額へと入金されていた。
つまり、母は。
私から渡された70,000円を、何も使わず、全て、私名義の通帳へ入金していた。
しかも、わざわざ、通帳を別にして、毎月、郵便局に通ってくれたのだ。
そして、私がお金を必要とする時に、その通帳を渡してくれた。
1つは、結婚する時に。そして、もう1つは、家を購入する時に。
きっと、母のことだから。
本当は、もっと、私のために、貯めておきたかったことだろう。
でも、あの頃の私には、仕事帰りの一杯が、幸せだった。
ゴクゴクと、冷えた生ビールを一気に飲み干すことが、私の生きる活力だったのだ。
あの折衷案の70,000円は、真面目な母と飲んだくれの私が、何とか歩み寄った、絶妙な、ギリギリの金額だった。
「親の心子知らず」
私は、どれだけ、恵まれていたのだろうか。
ついに、BTSのワールドツアーが発表された。
新しいアルバムの予約も始まった。
世界中のARMYが待ち望んだカムバックだ。
でも。
私達ARMYにも、それぞれの事情がある。
そりゃあ、全員が、Liveに行きたいに決まっている。
当たり前だ。ARMYなのだから。
それぞれの時間。お金。それ以外にも。生きていれば、色々なことがある。
私達に、ドラえもんの「どこでもドア」や、RPGの「体力やお金を回復してくれる泉」があればいいのに。
そして。
あれだけの規模のワールドツアーを予定していても、ARMY全員には、チケットは行き渡らない。
彼等のパワーは、素晴らしい。まさに、スーパースターだ。
だからこそ。
私は、「自分の推し活」を楽しもうと思う。
自分を見失わないように。
自分なりのARMY。まあ、何事も、そんな感じで。
何となく。
そんなことを書きたくて、長々と、失礼しました。
すみません。
ご覧いただき、ありがとうございました。
以上です。