もう、何年も前になるけれど。
オシャレで、男前で、気難しくて、とても愉快な、元上司の◎◎さんは、私の生年月日から、私の人生を占ってくれた。
実は、◎◎さんは、私の直属の上司というわけではなく、大きな枠組みの中での上司、という感じだった。
だから。
気難しい人だと、一部の皆さんの中では有名だった◎◎さんが、異動してくると聞いても、私は、「ふーん」程度にしか、思っていなかった。
だって。
関係ないし。話すことも、ほぼほぼ、ないし。
ところが。
異動してきた◎◎さんは、私が、頻繁に出入りする場所の近くに、デスクを構えて、そこを拠点とするようになってしまった。
眉間に、シワを寄せている◎◎さん。
難しそうな顔で、考えごとをしている◎◎さん。
不機嫌そうに、書類を眺めている◎◎さん。
私が、◎◎さんの横を通る度に、元気に明るく、「おはようございます」とか、「お疲れさまです」とか、「お先に失礼します」とか、色々な挨拶をしても。
◎◎さんからは、何も、返事はなかった。
けれど、それで、良かったのだ。
だって。
あの頃の◎◎さんは、とても、大変そうだったし。
多分、半年位過ぎてから。
◎◎さんは、私に、興味を示すようになった。
いつからか。
「あ、おはよう」が、「おはようー」になって。
「お疲れさま」が、「お疲れー」になって。
「〇〇さん、大変そうだね」が、「〇〇ちゃん、今日も大変だねー」になって。
恐らく。
「〇〇ちゃん」という呼び方に、疑問を持たれる方も多い、とは思う。
ただ。私は、どこに行っても、何故か、「〇〇ちゃん」と呼ばれる。
そして、私も「はいはーい。〇〇ですよ。どうしましたか?」と答える。
ある方によれば。
「〇〇ちゃんってさ、〇〇ちゃーんって、感じだよね」ということらしい。
なので。
皆さんが、「〇〇ちゃん」と呼んでいるから、きっと、皆さんに合わせて、◎◎さんも、「〇〇ちゃん」と呼んでくれたのだと思う。
◎◎さんは、イメージとしては、イギリスの紳士みたいな人、だった。
ウィットに富んだ会話の後に、「ニヤリ」と笑ったり。
方言を使わずに、きちんとした標準語で、いつも話していたり。
私のどうでもいいような話を、黙って、聞いてくれたり。
私が困っていると、サッと手を差し伸べてくれたり。
雪が降ると。いつも。
背が高い◎◎さんは、トレンチコートに、マフラーを巻いて、高そうな傘を片手に、そして、これもまた、高そうな長靴で、出勤してきた。
「雪には、長靴が一番ですよ」
どこまでも、◎◎さんは、イギリスの紳士だった。
博識で。センスが良くて。
でも、きちんと線を引いてくれる。
上流階級の人って、きっと、◎◎さんみたいな皆さん、なんだろうな。
一般ピープルの私は、そんなことを思いながら、◎◎さんとの日々を楽しんでいた。
「えーっ、〇〇ちゃん、あんなに仲良しなのに、知らなかったの?◎◎さんは、占いが趣味なんだよ」
仲良しかどうかは、さておき。
◎◎さんの趣味が「占い」とは、これは、もう、めちゃくちゃ、面白そうな話ではないか。
◎◎さんの直属の部下の方から、何かの話の途中で、「占い」の件を聞いた私は、真っ直ぐ、◎◎さんの元へと向かった。
「◎◎さーん、聞きましたよ。占いが趣味なんですって?私、知りませんでしたよ」
「何?占ってほしいの?」
「当たり前じゃないですか。どんな占いなんですか」
「仕方がないな。占うから、〇〇ちゃんの生年月日、そこに書いて」
◎◎さんは、いつもの高そうな鞄から、手帳を取り出すと、老眼鏡をかけて、パラパラとめくった。
「あー、〇〇ちゃん、〇年前は、ツラかったね」
「えっ、何で、知っているんですか?」
「いや、ここに、書いてあるから」
〇年前。
母は、昨日まで元気だったのに、突然倒れて、救急車で運ばれた。
次兄から、連絡を受けた私は、病院に向かって、自転車のペダルを、必死に漕いだ。
雲一つない、とてもキレイな青空だった。
泣きそうな私を見て、◎◎さんが言った。
「良かったら、もう少し、詳しく、調べようか?」
「はい。よろしくお願いします」
数日後。
私は、◎◎さんから、「〇〇さんへ」と封をされた、手紙を受け取った。
「これを、きちんと読めば、分かるはずだから、これ以上、私には、何も聞かないように」
「はい。分かりました。◎◎さん、ありがとうございました」
私が、丁寧にお辞儀をして、さて、仕事へ戻ろうと、2メートル位、歩いた時に。
◎◎さんの、大きな声が、聞こえてきた。
「〇〇ちゃん、あなたは、働く場所を間違っているよ」
「えっ、そうなんですか」
「ここではないよ」
ニヤリと笑いながら、それだけ、私に伝えると、◎◎さんは、もう、書類に目を向けていた。
どのようなことが書かれていたかは、まあ、それは、私の心に留めておくとしても、せっかくだから、二つだけ。
一つは、どうやら、私には、ある才能があったらしい。
それは、私が幼い頃、いや、中学生位まで、真面目に、その分野で生きていきたいと考えていたもの、だった。
あー、惜しかったな。ちゃんと、勉強すれば良かったな。
もう一つ。
私の幼い頃の、人生の点数は、2点だったらしい。
だよなー。大好きだった長兄が、突然亡くなって、私の幸せな幼年期は、終わってしまった。
それでも、道化を選んだことに、寂しさはあっても、後悔はしていない。
父と母、次兄に、ただ、笑って欲しくて、私は、道化になったのだから。
◎◎さんが、退職されると聞いて。
一体、何を贈れば良いのか、と私は悩んだ。
思えば。
あんなに話していたのに、私は、◎◎さんの好みも、連絡先も、何も知らなかった。
もう、◎◎さんと会うことはない。
きっと、これで、このまま、お別れだ。
悩んだ結果。
私は、地元の和菓子店の羊羹を贈ることにした。
小さな羊羹が、3つで、3000円。
◎◎さんのお口に合うかは、分からないけれど。
「甘いなー」と文句を言いながら、緑茶と一緒に、羊羹を楽しむ◎◎さんの姿が、何となく、頭に浮かんだのだ。
「◎◎さん、お世話になりました。ありがとうございました」
「こちらこそ、お世話になりました。ありがとうございました」
◎◎さんは、小さな紙袋を、いつものように、ニヤリと笑いながら、受け取ってくれた。
実は。
◎◎さんの「占い」の存在を、私は、つい最近まで、忘れていた。
いや、もちろん。大切に、しまっていた。
しまっていたからこそ、忘れていた、というか。
自分でも、いかがなものか、とは思う。
けれど。
◎◎さんが退職されてから、私にも、色々なことがあった。
そして。
◎◎さんが残してくれた「占い」には、そのようなことが、ふんわりと、書いてあった。
もし。
あのまま。あの場所に。◎◎さんがいてくれたら。
◎◎さんは、お元気だろうか。
長くなりそうなので、ここから先は、再び、「次回へ続く」ということにします。
まさかの大作。
いやいや、どうしよう。
何とか、推しの誕生日までには、間に合わせたいと思います。
ご覧いただき、ありがとうございました。
以上です。