すみません。私事で、しかも、長文です。
もし宜しければ、お時間のある時に、どうぞ。
ふと。思い出したことがある。
幼い頃。
居間の、床の間と茶箪笥の間に、いつも立てかけられていた、濃いグリーンの国語辞典と、キレイな薄いグリーンの人名辞典が、私の宝物だった。
何故かと言えば。
その、床の間と茶箪笥の前が、父の座布団の定位置だったからだ。
将棋を指したり、会社から持ち帰った青い図面を眺めていたり、タバコを吸ったり、お酒を飲んだり。
テレビを見たり、本を読んだり、座布団を丸めて、枕代わりに昼寝をしたり。
そんな父の日常の隣で、パラパラと、国語辞典や人名辞典をめくることが、幼い私には、何よりも、楽しい時間だったのだ。
父は、お酒を飲むことが、好きだった。
今の言葉で言えば。
父は、ブルーカラーの人で。
当時も、まあ、一般的には、そういうニュアンスで語られてはいたけれど。
私にとっては、そのブルーカラーの父が、誰よりも、カッコよくて、もう、たまらなかった。
父は、お酒が強かったから。
仕事帰りに、毎日のように、居酒屋でお酒を飲んでも、酔って帰ってくることは、ほぼほぼ、なかった。
けれど。時々。
きっと、何か、良いことがあった日に。
終電のバスに乗って、いつものように、家の前のバス停で降りて。
何とか、意識を保ちつつ、頑張って、家の玄関に辿り着いて。
上機嫌で、「帰ったよー」の声と共に、バタンと倒れ込む父を。
母と一緒に、「はいはい」と介抱することが、私の幸せだった。
ちなみに。
父の会社には、大浴場があったから、仕事が終わると、キレイサッパリ、汗を流すことが出来た。
父にとって、風呂上がりの一杯は、さぞかし、旨かったことだろう。
人名辞典には、偉人の肖像画や写真と共に、その人の生涯が、簡潔にまとめられていた。
あの頃の人名辞典だから。
なかなか、言葉がストレートで、今では、使われない表現も多かった、ような気がする。
ちなみに、このブログを書く前に、Amazonで調べてみたけれど、さすがに、売ってはいなかった。
父が亡くなった時に、私は、宝物だった人名辞典や国語辞典を、スパッと、処分してしまった。
「残そうか」と思いながらも。
でも、どうしても、あの時、私の手は、止まらなかった。
芥川龍之介の生涯を、私は、何度、読んだことだろう。
生涯といっても、グッと凝縮された、5、6行程度のものだけれど。
人名辞典は、あいうえお順だから、何しろ、芥川龍之介の出番は多かった。
芥川龍之介と聞いて、皆さんが思い浮かべる、あの写真。
更には、「ぼんやりとした不安」という、よく分からないけれど、何となく、ズキンとする言葉。
幼い私でも、「頭が良いって、大変なんだな」ということは、察することが出来た。
実家の本棚には、芥川龍之介全集があった。
玩具はなくても、本だけは、たくさんある家に育った私には、本を読むことも、遊びの一つだった。
幼いのに、漢字が読めるのか、とか。意味が分かるのか、とか。
色々と、思われるかもしれないけれど。
これが、また。
幼いなりに、読めてしまうところが、「本」というものの面白さ、というか。
まあ、何となく。適当に。
そもそも、文学とは、頭の良い人が書いているのだから、普通の人には、分からないことの方が多いのではないだろうか。
分からなくて、OK。
分からない言い回しも。分からない漢字も。
とにかく、どんどん、読み進んでいく。
もし。
次に読んだ時に。少しでも、分かるようになっていれば、それはそれで、私には「へー、そういうこと」程度のことだった。
「蜘蛛の糸」の挿絵では、蜘蛛の糸にぶら下がるカンダタに続いて、たくさんの罪人達も、同じように、登っていた。
ぶらぶらと揺れる蜘蛛の糸。
下を見れば、豆粒位にしか見えない罪人達が、まだまだ、上を目指している。
幼い私には、よく分からなかった。
カンダタは、そんなに、悪い人なのか。
あのまま、登り続ければ、外の世界へと、全員が辿り着けたのか。
蜘蛛の糸は、何故、途中で切れてしまったのか。
まあ、お釈迦様のお考えになることを、ただの人間が分かるはずもなく。
結局、大人になっても。
私は、カンダタを悪い人だとは思えなかった。
ただ、とりあえず、蜘蛛を見かけたら、今でも、ずっと、逃がすようにはしている。
もちろん。それは、私が強欲だから、だ。
私は、いつか。
亡くなった長兄から、「〇〇、よく頑張ったな」「〇〇、偉かったぞ」と、あの頃と同じように、優しく、頭を撫でてもらいたいのだ。
そのためにも。
私は、カンダタに、何とか、頑張ってほしかった。
外の世界へと、辿り着いてほしかった。
芥川龍之介からすれば。
文学なのに、勝手に、願掛けのようなことをされて、迷惑な話だとは思うけれど。
それでも。
何しろ、芥川龍之介は、人名辞典に載るような、日本を代表する、カッコいい文豪なのだから。
まあ、これ位は、許してくれるのではないだろうか。
何となく。多分。きっと。
ご覧いただき、ありがとうございました。
以上です。