鎌蔵への山道を車でゆっくり上がっていく。

平日の夕方、縦浜方面からの車の流れはほどほどであるが、鎌蔵から縦浜への道はこれからめちゃくちゃ混んでくる。帰りは逗司から六占の方を通って帰ろうと、約1時間半のドライブを頭の中でプランニングした。

男子中高生と母親らしき人が一緒に歩いているのを見て、


ケイくん「私さんも息子さんとあんな風に歩くんですか?」


私「そうかもね、あんまり引っ付いて歩くと嫌がられるけどね。」


ケイくん「そうなんですねー」


なんでもない会話のようで、少し心に何かがひっかかった。

ケイくんのお母さんってどんな人だろう。

お母さんの事を思い出してるのかな。

聞いたらまずいのかな。

親子関係は各家庭で全然違う。

友人の親を見てもそう思っていたが、結婚して夫の家庭を知ってその真面目さと執拗さというか、分からないことを分からないままにする事が罪のような、脅迫的に調べ物をする姿勢が怖かった。

ぼんやりした答えなどしたら、鼻で笑われるような緊張感をはじめは感じたが、急に合わせられるわけもなく、私は夫家の人間から見て、バカ嫁だと思われていると思う。

ケイくんは、一人っ子だと言っていた。

きっと大切に育てられたから、穏やかな雰囲気があるんだと思うが、時折寂しそうな影を感じる。

ケイくんから話してくれるまでは訊かないでおこう。


私「こっちから海まで行こうか?」


ケイくん「お任せしまーす」


鎌蔵の孔雀ヶ丘八幡宮の前から、海までの道。

本当は阿の島あたりをドライブしたかったが、夕方ラッシュを避けるため、左に曲がった。

海岸線は、散歩や景色の写真を撮るカメラマンなど多く人が歩いていた。


私「本当に綺麗な夕日!」


ケイくん「そうですね」


ピンクオレンジ色に富士山も夕日に照らされている。

今日のアイシャドウの色だと不意に思う。


ケイくん「僕結婚したらきっとずっとその人の事一筋ですよー」


私「えーそうなの?借金あっても?」


ケイくん「えっ!」


結婚感についての話になって私が間髪入れず突っ込んでしまった。

21歳の夢大き若人にこんな事言ってごめんと、今はまた反省している。

3年付き合っても、相手の借金が見抜けなくて離婚した友人の話をしてしまった。

しかも女子高生の制服マニアで、借金しても衣装を集めていた変人の話だ。

元パイロットの元上司。


私「結婚するまでもした後もお互い色々あるよ。」


ケイくん「えー」

残念そう。

結婚への夢を萎ませてしまった。


私「あっ道間違えた!」


ケイくん「大丈夫です」


私「多分大丈夫だけど、ナビつけようか?」


ケイくん「ナビつけなくても大丈夫ですよ。」


私「帰れなくなるよー」


ケイくん「帰れますって」


そんなやりとりをしながら海岸線近くを走っていた。

夕日がピンク色に輝いている。あと少しで沈みそう。


私「夕日めちゃくちゃ綺麗だよ!ちょっととめて写真いい?」


ケイくん「いいですよ」


車を路肩に停めて、窓から夕日を撮った瞬間ピンクの輝きが消えた。


私「あー撮れなかったよー。目には焼き付けたけど。見えた?」


ケイくん「見ましたよ。綺麗でしたね」


ケイくんがにこやかに答えた。

一瞬、見つめ合った。

大きな切長の瞳、ケイくんが夕日色に染まっていた。

そのまま見つめ合いそうになって、思わず目を逸らした。


私「…じゃあ行くね」


心臓が高鳴る。

車を再び走らせ美術館などの近くを抜けると大きな交差点にでた。知っている道で安心した。

いい雰囲気になりそうでならない。

お互い何となく意識している事だけは分かる。

でも、その好意をどうしたらいいのか。

車の中でたわいのない話をしながら核心には触れない。

触れられない。




もし私がケイくんと同じ年齢なら、さっきキスしてって言ってたかもね…

自分の気持ちを散らすように、全然関係ない話をする。

しばらくして待ち合わせたコンビニに着いてしまった。


私「帰れて良かったね。ドライブデートしちゃったね。」

冗談ぽく言ってみた。  


ケイくん「…」


何も言わないのは、どうして?


ケイくん「…いいんじゃないですかー。旦那さんに怒られないですか?」


少し間を置いてケイくんが答えた。


私「大丈夫でーす」


本当は、多分大丈夫ではないけど。