日常生活を送る中、内面で以前からぼやけていた感覚が、強烈に嫌な事があった時や誰かと話しをした瞬間、たまたまみかけたブログに書いてあった言葉なので輪郭を得る瞬間があります。
それまではぼやけてて曖昧で恐怖さえも感じていたものが、「あぁ、そういう事だったのね」と自分の中で答えがでるんですね。そこに行き着くまではぼやけているにせよ、内面が時間をかけてキーワードを探している感じでした。


いろんなサンプルを探し、これまでの事象といろんなパターンの見方で冷静になって底を打った時。内面で納得できる答えがわかって沈静化する、そういう時があるんだなぁって思いました。

今回のきっかけは職場でのトラブルがきっかけでした。相手は職場の中年の先輩。しかし、様子をみてると言葉での威圧感が誰に対しても強く、思っている事を全て「俺が法律だ」といわんばかりにまくし立てていました。

彼は同僚に対して人格を無視していると思ったんですね。強い口調や辛辣な言葉で不快感になる人の様子を見ては悦に入っている感でした。
私は下手なトラブルに巻き込まれたくないので・・・当たり障りない距離を置いていました。そうする内に、矛先が私にも回ってきたんですね。

やっかいなのが、職場にも関わらず自分の歳も考えず。その方は現役の青年だといわんばかりに、職場の女性は皆俺に気があるとのたまわっていました。甚だしいギャップの嵐と目線と態度ですよね。

キモイだけなのにね。
私にも火の粉が。都度、消火器でしっかり火を消す私に、彼は面白くないのでしょう・・仕事面での事ではなく、内面的な弱みにつけこんできたのですね。
最初は戸惑いと恐怖でしたがそれは一瞬で・・・。
相手と対峙すると、正体はただの病んでる人と判明。なんだか恐怖だった事さえアホらしく思えます。
相手が可哀想なのは皆、周囲は大人だから当たり障りなく接しているだけなのに、慕われてると勘違いしている点でした。


その上でのエスカレート。痛々しいを通り抜け、誰にも本気で相手にされる事なく、ここまで来た中年の裸の王様加減に不憫にさえ思えてきました。
「他を見て我が身を振り返れ」でしたっけ。

私はそうならないよう…気を引き締めて行こう、そう思い直しています。
あったかい波長で穏やかな温かさが好き。

テンポが安定していて
落ち着いていたらもっと好き。
そして人を甘えさせられるくらいの余裕と、愛のある厳しさを持っている人が好き。


笑顔がぎこちなくても 
向こう側派でも
分かりあおうとする気持ちで通じあえる瞬間が好き。


ありがとうが言えないから、プリンと小倉カスタードのパンという組み合わせのお土産が無造作にテーブルにおかれてるのに気づいた瞬間が好き。



子犬のような子が、しっかりとした目付きになり、大人の階段を間違う事なく、しっかり上がっていく姿を見るのが好き。


垣根を越えた時も好き



こないだ、仕事関係で。ある講演を聞きに行きました。


その方はその世界では偉い人、有名と言われるだけあって。話し方の抑揚や、なんだかよくわからない存在感の強さを感じました。



しかし内容があまりに立派過ぎて家に帰って。日常に終われ・・・
翌日にはほとんど内容が頭に入ってない感じになったり。(すんません。)


そんな中、心に残る言葉って、意外に毎日顔をあわせるような同僚の何気ない一言だったりするなぁ。って思う出来事がありました。

職場で難解にぶつかっていた同僚が、隣の私に「何がわからないのかわからない」と言った後、「自分の気持ちをうまく言葉で伝えられない。モヤモヤする。どう伝えればいいのか」と呟いていました。


やってる内容の難しさがわかるだけに、「あぁ、そうだよね。本当、そうだよね。」ってうなずく私。


彼のバックボーンが「末っ子」「気持ちをうまく表現しないと、上の兄弟に負けるから」「自分の思いを自分の言葉で話して、相手に伝わった時、嬉しい」と過去に話してた言葉とシンクロしました。



もっとリアル感があればよかったのかもしれない。


なんにせよ、人に何かを伝えるのって難しい。隣の彼の姿勢がとても勉強になりました。