(前の記事のつづきです。)
わたしも前はあたりまえに、
「お金は、働いたらその分入ってくる」
と、
思っていたんだけどね。
それが、
ガラリと変わった時があった。
お金の流れが変わったのは、5年前。
それより前にも、自分が決めてるのかも!?
と思うことはあったけど。
(また書きます)
大きく流れが変わったのは、
自分のことを、
全部あきらめてから。
無理にやればできるけど、
ものすごく疲れるとか、
苦しくてたまらない。
けど、
生きていくためには、やるしかない。
そんなふうに、
体を引きずって働いていたのを、
だんだん年もとってきたのもあるのかな。
無理ができなくなった。
無理なんだもん、
しょうがないや、
というと開き直りにちかい、
もういーや!!!
「できましぇーーーん」
て、あきらめたんだよね。
人並みになんてできない自分を。
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これはね、
ものすごく抵抗があったよ。
それまでは、
“仕事はできる自分“でいることで、
自分の価値を証明してきたところもあったし。
けどもう、
“頑張って“行くところには、
探しているものはないんだ!!!
って気づいてしまったのだ。
ハッキリ覚えてるのは、
伊勢丹のエスカレーターで、
「なんでも買えるのに幸せじゃない」
自分に気付いた時だった。
絶望したんだよね。
欲しいものはそこにはなかったんだって。
そこから、なんだかもう、
どうしたらいいのか
分からなくなってしまったんだ。
わたしはこれからどうしたらいい?とか、
Google検索したりしてた😆
でも今思うと、
ここからお金の流れが、
はっきりと変わり始めてた。
コロナもあったし両親の家に引越して、
そこから、
ひたすらに、
自分の声を聞く練習をした。
そういう時間が取れたのは、
ありがたいことだった。
そうしてだんだんと、
何をしたら自分が喜ぶのか?を、
ひとつひとつ取り戻していったんだ。
わたし、
どれがときめくんだろう?
100均や文房具屋さん、
散歩やドライブの行き先、
細かく感じて選んでいった。
働いてないから
もちろんそんなになかったけど、
それなのに、
ある分はみんな、どんどん使ってきた。
そうして、
もう手元にお金がなくなりそうだけど、
父の葬儀でのお花代とかにも、
葬儀屋さんが、いまどき珍しいってびっくりするくらい、じゃんじゃんかけていった。
そうしたかったから、気持ちよくかけて、
支払いもすぐにしていった。