またかと思われるでしょうが、この交渉をあとから省みるととても重要なことをこの種のことにしては比較的短期間で決定したのだなと思うだろうと感じていますのでもう少し続けます。
前回はCOP6の1回目会合(2000年11月)まででした。
2回目会合(2001年7月)では、1回目会合で国益を害することなどを理由に不参加を表明したアメリカと推進国との間で技術移転や計算方法などで、なんとか政治的な合意に達しました(ボン合意)。
この合意を国際法化したものが翌年COP7でのマラケシュ合意です。
合意内容については後ほど触れたいと思います。
翌年のCOP8では更に発展途上国と先進国との対立が深まり、途上国側の事情をくんだ「共通だが差異ある責任」を再認識することになりました。
また京都議定書に批准していない国に対してそれを強く求める「デリー宣言」も採択されました。
これらに対して日本がとった行動については次回お話します。
テンペルホーフ代表 堀 康典
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