キッシンジャーの本の中にも書いてあることですが、アメリカの外交思想には同時に追求できない矛盾した要素が組み込まれています。

一つはアメリカが自分の思う通りに世界を作り変えたいという「十字軍」的な考え方です。

もう一つが他国のことなどほとんどどうでもよく、まずはアメリカの国内問題に主要な関心を抱くことです。これはアメリカの「孤立主義」とよく呼ばれています。

佐藤優さんがトランプ大統領候補について、「要するに、トランプはアメリカ孤立主義者なんですよ。激しいことを言うんだけれども、『ルーズベルト大統領が真珠湾奇襲の後、第2次世界大戦に突入したのが間違いだった。ナチスが台頭していようが、日本が出てこようが、放っておけばよかった。アメリカはアメリカの繁栄だけを考えていればよかった。もっとアメリカを豊かにしよう。偉大なアメリカにしよう。アメリカ人の生活さえ良くなればいいんだ。あとは知ったことじゃない』という理屈です。」と語っています。

私も佐藤さんのこの見方には賛成で、トランプ現象と呼ばれるものは、米ソ冷戦以後闇に埋もれていたアメリカの「孤立主義」が再びアメリカの政治に全面的に現れてきたものなのです。

ルーズベルト大統領が第2次世界大戦にどうにかして参加しようとするのを見て危機感を抱いた当時の「不干渉主義者」たち(戦前孤立主義とは呼ばれず不干渉主義と呼ばれていました)は「アメリカ・ファースト」委員会というものを立ち上げます。

この組織には飛行機での大西洋横断で有名になったリンドバーグや若き日のケネディー大統領なども属していました。

そしてニューヨーク タイムズのトランプ氏の電話インタビューのタイトルが “America Comes First, and Everybody Else Pays”になっています。

もちろん「アメリカ・ファースト」委員会の努力を台無しにしてしまったのが日本の真珠湾攻撃だったわけですが、トランプ候補の主張は我々の視点を真珠湾攻撃以前の時代に引き戻してくれる面を持っているわけです。

『アトランティック』誌にジェフリー・ゴールドバーグというジャーナリストがオバマ大統領に対する長文のインタビュー記事を載せています。

http://www.theatlantic.com/magazine/archive/2016/04/the-obama-doctrine/471525/

最後まで読むのにかなり時間がかかりましたが、かなり率直に語っているという印象を受けました。

基本的にオバマ大統領は自分を「リアリスト」と規定しているようで、これまで同盟国としておおめに見られてきたイスラエルやサウジアラビアに対してもかなり厳しいことを言っています。

おまけにこれまでアメリカの戦争に協力してきたイギリスやフランスに対してもアメリカに「ただ乗り」(free ride)しているとと語っていることは驚きでした。

よほどリビアの空爆に付き合わされたことが不満だったようです。

さて、日本人として関心のあるアジア情勢についてですが、著者のゴールドバーグの専門が中東であるためかどうか、最後の方に少し出てくるだけです。

重要部分を訳してみます。

「たくさんの人々が大統領に中国に対してもっと強力に対決して欲しいと思っている。特に南シナ海の問題について。ヒラリー・クリントンは伝えられるところによると『我々の孫たちが中国の支配する世界に住んで欲しくない』とプライベートで話したそうである。」

このゴールドバーグの問いかけにオバマ大統領は次のように答えています。

「私ははっきり言って弱い、脅された中国の方が成功して、上昇する中国の方よりももっと恐怖を感じている。中国の行動が国際社会の利益に反する時には力強い態度を示すべきだ。そして南シナ海でのアメリカの行動を見れば、ほとんどのアジア諸国を動員して中国を孤立させたことに中国は率直に言って驚いており、同盟を強化するという我々の利益を得たのだ。」

オバマ大統領は「弱い中国」の方が脅威だと考えており、巷で流行っている「中国脅威論」には囚われていないようです。

ただ本当に同盟関係を強化しただけで中国を抑止できるかはまだわかりません。


クレーギー駐日大使は当時の日本の政府関係者に接触することにより、日本には「穏健派」と「強硬派」が存在することを確認します。

日本の穏健派について、クレーギー大使は「穏健派は、漸進的な経済発展を志向しています。彼らは日本経済を覆う病理を解決するために、死活的に重要な天然資源の獲得と海外市場の拡大を目指しています」と考えていたようです。

だからクレーギー大使は「穏健派へのアプローチを続ければ、もっとも困難な危機を克服する共通の立場を発見できる」と思うようになったのです。

さらにクレーギー大使はこれまでのイギリス外交にも自己批判的な意見を持っていたようで、アントニー・ベストは次のような文章を取り上げています。

「ドイツに対してだけでなく、世界的な視野で言えることですが、我々を誤らせるのは、我々の権限に関して『現在持っているものは死守する』というスローガンなのです。」

この本の著者のベストも「クレーギーは、イギリスの利益を死守する日々の戦いに備えるのではなく、より広い視野に立ち硬直した現状維持的態度が生み出すかもしれない危機を避けるべきだと考え始めていた」と書いています。

ここまでクレーギー英国駐日大使の行動や思想を振り返って私が思ったのは近衛文麿首相が1918年に書いた「英米本位の平和主義を排す」という論文との同質性です。

近衛の書いた文章からクレーギーとの関連性がうかがわれる部分を拾ってみます。

「英国がその植民地を閉鎖するの暁においていかにして国家の安全なる生存を全うするを得ん。すなわち、かかる場合には我が国もまた自己生存の必要上戦前のドイツのごとくに現状打破の挙に出ざるを得ん。」

「吾人は単に我が国のためにのみならず、正義人道に基づく世界各国民平等生存権の確立のためにも経済帝国主義を排して各国をしてその植民地を解放せしめ、製造工業品の市場としても、天然資源の供給地としても、これを各国平等の使用に供し、自国のみに独占するがごときことなからしむるを要す。」

(ちなみに近衛がこの文章を書いたのは驚くことに第一次世界大戦が終わった年です。)

このようにクレーギー駐日大使と近衛総理には同じような問題意識がありました。

ではどのようにイギリスと日本の外交を調整すればよかったのでしょうか。近衛の指摘する「現状維持国」と「現状破壊国」の調整の仕方についてE.H.カーが『危機の20年』に描いています。

「不満足国家が、平和的交渉(もちろん最初は実力で脅かして進められるが)によって不満を和らげることができると悟った時『平和的変革』の一定の手順が次第に確立されていって不満足国家の信頼を得るに至るであろう。そして、そのような体制が承認されると、調停は当然と考えられるようになり、実力による脅しは形式には捨てられないにしても一歩一歩後退してゆくはずという希望が持たれる。」

そこで近衛がルーズベルト大統領と頂上会談を考えた時に、クレーギー大使もアメリカのグルーと同じような期待を抱いたのです。

続く