ここからは、国際政治を現状に満足している国とそれに不満の国の対立と捉えて考え直してみたい。
1931年に日本が満州事変を起こし、アメリカから厳しい批判を受けることになった時に「アメリカがパナマ(運河)という戦略的な要衝を支配下に置いたのと、日本が満州をそうしたのは同じようなものであってどこが違うのか」という議論が日本国内で流行したと高坂正堯氏が『世界史の中から考える』という本に書いています。
これに対してグルー駐日アメリカ大使は、アメリカがそれを行ったのは不戦条約などが施行される前であり、日本とは時代が違うと答えたそうですが、当時の日本人はなかなか納得できなかったみたいです。
ちなみにケロッグ=ブリアン不戦条約は植民地大国であるフランスがアメリカを誘い込んで作った条約で、「現状維持を便利とする国は平和を叫ぶ」と近衛が書いていたことがそのままの姿になった条約でした。
やはり戦前に日本が起こした戦争の背景にも現状に対する強烈な不満が存在したのです。
今回ロシアがウクライナに対する戦争を起こしたことで、次は中国が台湾に戦争を起こすのではないかと噂されていますが、果たしてそれは正しいのでしょうか。
中国が台湾をいまだに併合できていないことは、現代の中国にとっては不満足なことには違いありません。
ただトータルで考えると、中国は本当に現在の秩序に不満を持っているかは私にとって疑問なのです。
というのも、現在の中国の領土は歴史的には最大であった清朝のそれに近いと言われており、経済的にもアメリカに次ぐナンバー2の地位を確実にしてアメリカを超える可能性も示しています。
現在の中国は、アヘン戦争の屈辱から始まった近代という時代において歴史的に最も高い地位を築くことができたといっていいでしょう。
そのような中国が果たして台湾を取り戻すためにリスクを犯すでしょうか。今回ロシアがウクライナを侵略したときに日本を含む先進国の経済制裁、特にロシアの外貨を各国の中央銀行が瞬時に凍結したのを見て、こんなこともするのかと中国はびっくりしたと思います。
従って、現在の国際秩序に多大の不満を持って戦争に臨んだロシアと中国の立場は根本的に違うと私は思っています。
最後にもう一つ書いておきたいのは、なぜ米ソ冷戦が実際には熱い戦争には結びつかなかったのかという問題です。
そこには様々な要因があると思われますが、その一つにアメリカもソ連も当時の秩序に対してそんなに不満が無かったことが挙げられるのではないか。
第2次世界大戦の結果、アメリカは敵国であった日本や西ドイツに軍隊を駐留させ、ブレジンスキーが指摘したように「保護国」として確保することができた。
おまけにNATOという強力な同盟も手に入れることができたために、ユーラシア大陸を一つの国が制覇するという危険を未然に防ぐことでアメリカの安全を確実なものにすることができた。
ソビエトも第2次大戦の犠牲はアメリカよりもはるかに大きかったが、東欧諸国をその影響下に置くことができ、宿敵だったドイツの東半分を手に入れることができたわけだから、第2次大戦以前よりもはるかに地政学的にも恵まれた地位を確保するようになった。
おまけに世界のナンバーワンであったアメリカと唯一対等な関係を保てて、ある意味満足だった。
このように米ソ冷戦中はアメリカもソビエトもお互いに現状にそれなりに満足していたために、確かにキューバ危機などの緊張も存在したのだが、お互いが譲歩することでその危機が戦争に点火することは無かった。
このように考えれば、今回のロシアのように多量の核を持った国が現状の秩序に対する不満から戦争に及んだという例はこれまでの歴史には存在せず、世界にとってはかなり厄介なことになったのではないか。
キューバ危機よりも危険じゃないのかと個人的には思っています。