私はE.H.カーの『危機の20年』を読んだ時に衝撃を受けて、それからいわゆる英米の「リアリズム」外交に興味を持つようになりました。

 

アメリカの場合だと最も感銘を受けたのがジョージ・ケナンの『アメリカ外交50年』やアントワープ・マクマリーの『平和はいかに失われたか』などです。

 

現在でもアメリカにおいては「リアリズム」外交の伝統は多数派でないもののしっかりと存続しており、今回のウクライナ戦争で一波乱を巻き起こしたシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授やハーバード大学のスティーブン・ワルト教授などがいらっしゃいます。

 

では、日本の歴史において、ジョージ・ケナンやミアシャイマーのようなリアリズム外交を体現した言論を展開した人物がいたでしょうか。

 

私が今まで読んだ中で彼らとほぼ同じ論理を展開していると感じたのは、戦前に総理大臣にもなった近衛文麿が第一次大戦の終わり頃に書いた「英米本位の平和主義を廃す」の中でした。

 

現在ウクライナで戦争が起こっているわけですが、近衛が大正7年に書いた論文が何か参考にならないかもう一度目を通してみました。

 

近衛はこの論文で当時の英米のリベラル的な言説を次のように書いています。

 

「世界の平和を攪乱したるものはドイツの専制主義軍国主義なり、彼らは人道の敵なり、吾人は正義人道のためにこれを膺懲せざるべからず、すなわち今次の戦争は専制主義軍国主義に対する民主主義人道主義の戦いなり、暴力と正義の争いなり、善と悪の争いなりと。」

 

ドイツの部分をロシアに変えたら、そのまま100年後の現在でも一字一句違わず同じ主張が繰り返されているのは驚きでした。

 

この文章を読むとだんだん不安になってきます。なぜなら第一次世界大戦においてアメリカは最初当事者ではなかったのですが、アメリカの世論がだんだんと反ドイツになってきた挙句にドイツの無制限潜水艦戦で参戦することになってしまったわけです。

 

今回も最初はウクライナを防衛することから今ではオースティン国防長官が言うようにロシアを弱体化させることが同盟国の目的となり、介入の度合いが一段と高まってしまいました。

 

果たしてロシアが戦線を拡大しNATOを攻撃して第3次世界大戦に発展する可能性をも考えなくてはならないような情勢になってきているのです。

 

次回は近衛がこの論文で使ったのと同じ論理で現在のウクライナの戦争を考えてみたいと思います。