イギリスのデビッド・グッドハートの『Head,Hand,Heart』という本を読んだので、感想を書いてみたいと思います。
この本を書く以前にグッドハートは『Road to Somewhere 』という本を書いていて、今回の本はその続きにあたるので前作について簡単に書いておきます。
イギリスでは30%の人が大学を卒業して学士の資格を持つそうです。この人たちは地元の高校を卒業して都会の全寮制の大学に行き、卒業すればロンドンなどの大都市の大企業で働くのです。
この人たちをグッドハートはanywhere(どこでも)族と呼び、冷戦が終了した後のグローバリゼーションを進展させた担い手となり、経済的な思想ではレーガン大統領やサッチャー首相が提唱したネオリベとの親和性がかなり高いそうです。
それに対して他の大半の人たちは中学や高校を卒業して地元で働くことになるのですが、この人たちにとってグローバリゼーションが進む経済では実質賃金がほとんど伸びず、給料がそんなに高くないサービス産業で働かざるを得ず、生活は苦しくなっていくばかりなのです。
グッドハートはこの人たちのことをsomewhere(どこかに)族と命名しています。
その結果、「最小限(minimal)の学歴を持つ75%の人たちがEUから離脱するブレグジットに賛成する一方、大卒以上の学歴を持つ人たちの75%はEUに残ることに賛成した。同じようなことは2016年のトランプ大統領の選挙にもみられた」のでした。
イギリスやアメリカの政治が2極化している背景にはこのような問題が存在し、日本を含めた先進国はどこも同じ問題を抱えていると私は考えています。
さていよいよ本題に入りましょう。この本のタイトルにもあるようにHeadは頭を使う職業、Handは職人をHeartは介護や看護に携わる職業を表しています。
第2次大戦後はアメリカを筆頭に全ての国民に高い教育を与えることが幸せにつながると考え、多数の大学を作り、なるべく多くの子供たちを大学に行けるようにしたわけですが、そのことで本当に社会は良くなったのでしょうか?
今はどこの大企業も入社するのに大卒の資格が必要ですが、実際は大卒でなくてもできる仕事はかなりあります。それでも入社資格を大卒にすることによって彼らを優遇することになっているのです。
政治においても例えばアメリカにおいて、オバマ大統領の2期目では「93%の下院議員、99%の上院議員が少なくとも大卒の資格を持っているのですが、アメリカ平均では32%に過ぎないのです。」とグッドハートは書いています。
そのため先進国では「大卒の大卒による大卒のため」の政治が行われており、大半の大卒でない人の利益は無視されているとはいませんが、かなり優先順位は低くなっているのです。
日本を含めた先進国はどこも同様で、そのことで看護や介護などのどちらかといえば 知能指数よりも感情指数(emotional intelligence)の高さが必要とされる職業の賃金は安く据え置かれたままになっています。
さらに、これ以上に大卒を増やしても、その仕事の多くはAIなどに置き換わることが予想されます。
そこでグッドハートは「たくさんの人々を高等教育に導くのは20世紀の後半には意味のあることだが、現在においては政治的にも経済的にも重要でなくなってきている」と結論づけています。
また地方の優秀な若者が都市の大学に行ってしまって故郷に戻ってこないことは当然地方の衰退に直結します。
だからこれ以上むやみに大学を増やすよりも、もっと職業教育などに重点を置いた方が格差の拡大を考える上でも有意義でしょう。
グッドハートは偏差値の高い大卒は必要だが、現在のように30%も必要ではなく15%で充分ではないかと書いており(つまり現在の大学の数を半分にする)、その人たちには優秀な能力で頑張って働いてもらえれば良いのではと提案しています。
彼の書いていることはおそらく全ての先進国に当てはまることで、当然日本でもこれから課題になってくると私は思います。
