最後におそらくは絶対に内部変革できない財務省に対してどのようにすればよいかを戦前と比較して考えてみたい。

 

戦前の明治憲法下での総理大臣の権限は現行の憲法よりもはるかに弱いものだった。

 

総理大臣の近衛がアメリカと交渉をするために障害となった外相の松岡洋右を辞めさせようとした時、彼を直接罷免することはできず、内閣を総辞職した上で新たな外相を任命するという厄介な手続きが必要だった。

 

では、それと同じ手法を近衛は中国からの撤兵を拒否する東條に対して使えなかったのだろうか?

 

おそらくは無理だっただろう。

 

なぜなら、当時は現役武官制というものが存在して、陸軍大臣には現役の武官しか任命することができなかったからだ。

 

もし中国と早期に講和しようと主張していた石原莞爾や多田駿などが現役で残っていたら、それが可能だったかもしれない。しかし彼らは予備役にさせられ残りの陸軍幹部で東條に反旗を翻すことができる人は存在しなかった。

 

現在では、このような厄介な制度はなくなっており財務次官の人事権は各大臣が持っており、その大臣は総理が任命するので政治の優位は確立されているはずだ。

 

だから財政を拡大させようとする政治家が多数になれば、財務省の人事に介入することで財務省を外部から変革させることはできるはずだ。

 

では、本当に自民党の内部で財政拡大派が有利になり、財務省を変革させることができるのかと問われれば、私にイエスと答える自信は全然ない。

 

おそらくは、財政拡大に賛成する野党議員の協力がないとうまくいかないのではないかと思われる。

 

いずれにしろ、何かと問題の多い現行憲法だが、政治の優位は確立されており、最後は戦前とは違い失敗したら完全に国民の責任になってしまうだろう。