『文明の生態史観』で、著者の梅棹忠夫さんはユーラシア大陸において西ヨーロッパと日本にだけ存在した封建制度のおかげでブルジョア(中産)階級が発達し、それが近代化に重要な役割を果たしたと書いています。
ただし、封建制度からどのような過程を経て中産階級が生まれたのかについて梅棹さんはそんなに詳しい説明はされていませんでした。
もしかして、そのことについての記述があるのかもしれないと読んでみた本がシカゴ大学のラグラム・ラジャンというインド系の人が書いた『三番目の柱 (The Third Pillar)』でした。
世界的に有名な経済学者であるラジャンは現代社会を3つの要素に分解しています。それは地域共同体(community)と国家(state)と市場(market)からなり、次のように結論されています。
「市場の力が弱すぎれば社会の生産力は弱まり、民主的な共同体が弱すぎれば社会は縁故資本主義になってしまい、国家が弱すぎれば社会は恐怖に満ち溢れて無気力なものになってしまう。反対に市場が過剰になれば社会は不平等に、共同体が過剰になれば社会は動かなくなってしまい、国家が過剰になれば社会は権威主義的になってしまう。バランスが肝心だ!」
この結論部分を読むだけでも、現在の日本が抱える問題に対するヒントが隠されていると私は思います。
ところで一体この本のどこの部分が梅棹さんが指摘した「封建制度」に関係しているのでしょうか?
実はラジャンはコミュニティー(共同体)の原型をヨーロッパ、とくにイギリスの封建制度下の封土に見ているからです。
基本的に群雄割拠している封建制度下の封土における経済活動は領主の権力が及ぶ範囲でしか行われません。なぜなら領主の権力の及ばない場所で交易をしようとしても決して安全は保証されないからです。
だから最初の時期において封建制度下の封土における経済活動は自給自足的で非効率なものにならざるを得ませんでした。
ところがヨーロッパにおける軍事科学の発達が群雄割拠の状態を終わらせたとラジャンは書いています。
一つ目は大砲(cannon)の出現で、これでどのような強固な城も守れなくなってしまいました。
もう一つはここで訳してみます。私は読みながら笑いが込み上げてきました。
「戦術的解決はマスケット銃を持った兵士を長い線に平行に並ばせることで、最初の線上にいるものが銃を撃つと、撃ったものは2列目の後ろに下がり弾を込めるのである。そうすることで敵に対して連続的に発射できるのである。」
ラジャンは日本の歴史にはあまり詳しくはないようで、この本の中でも日本への言及はあまりありませんでしたが、家康の大阪夏の陣と信長の長篠の戦いを正確に指摘できるのは驚きでした。
この軍事的革命でばらばらの封建制度から国家の統一を達成したのはチューダー朝(1541〜1603)だとラジャンは書いています。
ちなみに家康が江戸幕府を開設したのは1603年でした。
続く
