昨年の末に戦後を代表する知識人だった梅棹忠夫さんの『文明の生態史観』を再読して、その大胆な仮説とわかりやすい文章に感銘を受けました。
ただこの梅棹理論が現代にも通用するのか、特に中国の問題に関しては再検討が必要と思われるので今回はこのことについて書いてみたいと思います。
梅棹忠夫さんの『文明の生態史観』はユーラシア大陸における経済発展の理論を示したものです。(よってアメリカやオーストラリアなどは除かれています。)
梅棹さんは、ユーラシア大陸の西の端にある西ヨーロッパと東の端にある日本を「第一地域」と名づけています。そして、その地域だけが第2次大戦後に安定的な経済成長を成し遂げたのですが、その理由を過去に「封建制度」を経験したことにあるのではないかと仮定したのでした。
「具体的には、封建制度のもとに育成されたブルジョワが、支配権を握ることによって、資本主義体制による文明の建設を図る型である。そこでは革命を通じて巨大な変革が行われたように見えながら、全て、意外に過去の伝統の保存がある。」
(ブルジョワはフランス語で中産階級と訳される事が多い)
一方、ユーラシア大陸の内部の地域、現在で言えばロシア、中国、インド、アラブを梅棹氏は「第2地域」と命名し、そこでは歴史的に封建制度を経験してこなかったために、強力な中産階級が出現せず、安定的な経済成長が果たされてこなかったというのです。
第2地域の中でも特にロシアや中国は共産革命によって近代化を果たそうとしたのですが、それが本当にうまくいくのか梅棹さんは疑問に思い、第2地域の特性を「建設と破壊のたえざる繰り返し」と結論づけたのでした。
『文明の生態史観』が書かれたのは1967年で、それから20数年後にソ連があっという間に崩壊したことを考えると梅棹さんが預言者と呼ばれることも納得できるのです。
ところが、現在の中国の存在が梅棹さんの理論を揺るがしているのではないかと考えられるのです。
中国で共産革命が起こり、半植民地の状態から完全な独立国に持っていった毛沢東ですが、続く大躍進政策や文化大革命で中国を近代化させるという夢は完全な失敗に終わります。
次に登場した鄧小平は、中国自身では決して生み出すことのできなかった分厚い中産階級を外国の力を使って生み出すことを思いついたのです。
鄧小平の「改革開放」政策とは欧米や日本から企業や工場を誘致して資本主義のエンジンになる中間層を創出するという目的の元で行われ、この成功によって経済規模で日本を抜いてアメリカに次ぐ地位を獲得するに至ったわけです。
つまり、中国は歴史的に梅棹さんが指摘した封建制度を経験していないのにも関わらず、高度な資本主義を運営できる能力があることを示したわけです。
そうであれば、梅棹忠夫氏の『文明の生態史観』は間違っていたのでしょうか?
たしかに、中国でこのまま鄧小平路線が続いていれば、梅棹さんの理論は間違っていた可能性がありますが、中国で習近平という新たな指導者が政権につき、その路線転換によって梅棹さんの理論が復活するのではないかと私は考えるに至りました。
次回はその理由を説明してみたいと思います。
