私は安倍総理が「消費税増税の使い方を決めるために」選挙を行うと語ったことについて残念に思うと共に財務省との戦いに敗北したことを実感しました。

 

消費税増税を延期することを掲げて選挙を戦った政権がやるような選挙とは思われなかったのです。

 

おそらく三橋貴明さんが指摘したように消費税増税派の前原氏が民主党の代表についたことで、このことが争点にならないと踏んだのでしょう。しかし、そのことが小池百合子氏に付け入る隙を与えてしまったのです。

 

青山繁晴氏が『虎ノ門ニュース』で消費税を増税することの危険性を訴えていましたが、そのことが現実になった訳です。

 

それにしてもあれほど安倍総裁の「一強」とマスコミでは書かれていたのにもかかわらず、安倍総理は財務省に抵抗できなかったのでしょうか。

 

前にもこのブログに数回書きましたが、フランシス・フクヤマは安定したリベラル・デモクラシーを運営するためには3つの要素が必要と書いています。

 

1つ目は法による支配。

 

2つ目は選挙などのアカウンタビリティー。

 

そして3つ目が官僚制などを含む強い国家。

 

この中でフクヤマは日本において官僚制度が強すぎることを問題に挙げ、戦前の満州事変について指摘しています。

 

本来。国家目標は選挙で選ばれた政治家が決めるはずなのですが、日本では現在もそのようになっておらず、ほとんど官僚が決めているのです。

 

消費税増税の問題も民主党政権の後半に財務省主導の3党合意によって決められ、それが国会で議論されることもなく、現在の政権を束縛しています。

 

3党合意の「しがらみ」をなくすには、有権者としては選挙でそれをひっくり返すしかないのでしょう。

 

現在の日本国憲法では明治憲法に比べて格段に総理の権力は強化されているはずなのですが現実にはそのようになっていません。

 

ただ明治憲法の欠陥は制度的には修正されています。戦前の近衛内閣のように総理が中国からの撤兵を陸軍大臣に要求して、陸軍大臣がそれを拒否して内閣が瓦解するような事態は現在は考えられないでしょう。

 

だから現在の官僚制度を飼い慣らす力はあくまでも政治家に責任があって安倍総理には残念ながらそのような力がなかったのです。

 

安倍政権とは財務省に抵抗しようとして無残にも敗れ去った内閣だったのです。