以前ジェームズ・ブラッドリーというアメリカ人作家の『中国という幻』という本を読んでいた時に著者のブラッドリーがフランクリン・ルーズベルト大統領は日本に対して石油を全面禁輸するつもりはなかったのに、ルーズベルト大統領がカナダのニューファンドランドでイギリスのチャーチル首相と会って大西洋憲章を作っている間に国務省の官僚に過ぎなかったディーン・アチソンが勝手に日本に対して石油の禁輸を行なったというのを読んでびっくりしたことがありました。

 

今回 Fredrik Logevall のEmbers of War という本にも全く同じことが書いてありました。

 

「ルーズベルト大統領はすべての石油の輸出を禁止するつもりはなく、日本資産を凍結したのもそれを永遠に続けるつもりはなかった。」

 

さらに、ブラッドリーと同じようにアチソンが大統領の了解を得ず石油の禁輸を決めたとも書いているのです。

 

経過はこうです。当時のアチソンのような対日強硬派は徹底的に日本に経済封鎖を行えば、日本は「無条件降伏」して中国大陸から撤退するだろうという意見を一方的に持っていました。

 

これと全く同じ議論はつい最近のイランの核開発の時にもかわされていて、ネオコンを筆頭とする強硬派はイランを経済封鎖で徹底的に締め上げればイランは核兵器開発を放棄して、その上に民生用の核研究もやめさせることができると思っていたのでした。

 

私は彼らの議論に全く納得できず、このまま経済封鎖を続けていけばイランが核兵器の開発に邁進してアメリカと戦争になるのではと危惧していたのですが、さすがに今回はオバマ大統領が譲歩して今のところこの問題は落ち着いています。

 

ルーズベルト大統領と近衛首相の会談が近衛首相が望んだように実現していれば、アメリカとイランとの合意のようにうまくいったかもしれないと今でも非常に残念に思っています。

 

ディーン・アチソンの話に戻ります。

 

第2次大戦後に彼はトルーマン政権の国務長官になりますが、彼はまたやらかします。

 

今度はアメリカの防衛線から韓国を除外しますが、このことが金日成の野望に火をつけてしまうのです。

 

日本の場合は強硬に朝鮮の場合は融和的に対処するという判断はどこから来たのかはわかりません。

 

アチソン国務長官は戦後にNATOを作ることに貢献したことでアメリカの「賢人」の一人と評価が高いのですが、アジアにおける情勢判断は徹底的に間違っていたのです。