宮本雄二氏が書いた『習近平の中国』という本を読了しました。
著者は元外務官僚で中国で大使を務めたこともある方です。そのような経歴のある日本のエリートが現在の中国に対してどのような考えを持っているのかを知りたくて、この本をとったのですが、いい意味で期待を裏切られました。
自分の間違いを含めてかなり率直に書かれており、官僚特有の婉曲な表現がなかったからです。
宮本大使は2001年に4年に近い北京勤務から帰国された時に、「中国共産党の統治はあまり長く持たないのではないか」と考え5年持つかどうかだとペーパーに書いて配ったそうですが、その予測は見事に外れます。
なぜその予測が外れたのか、宮本大使は2つのことについて自省しています。
まず一つ目は、中国人の立場だったらどのように考えるのかについてのこだわりが弱かったこと。
そして2つ目は、中国の共産党の統治能力を過小評価していたのではないかということでした。
その上で大使は次のような方程式を提示します。
「経済の発展」(A)+「社会の安定」(B)=「中国共産党の統治の維持」(C)
現在の中国では、これまでの高度成長に陰りが見え、それに比例するかのように社会の不安定化が進んでいます。
そこで宮本大使は、「私個人の皮膚感覚としてはベストのシナリオよりもワーストのシナリオの方が可能性は高いと思っている」と書いています。
宮本大使の想定するワーストのシナリオとは「すべてがうまくいかず中国共産党の統治が崩壊し、中国が大混乱におちいる」というものです。
私が大使の本を読んで思ったことはフランシス・フクヤマが Political Order and Political Decay という本で指摘していたこととの同質性でした。
フクヤマは「良き政治」が行われるためには、3つの要素がうまくバランスされていなければいけないと主張しています。
一つ目は官僚制などをふくむ、強い「国家」(Strong State)が必要だといっています。これは大使がこの本で主張している「中国共産党の統治能力」と同じ趣旨で用いられています。
2つ目は「法による支配」です。大使の本では「それは共産党の権力を有効に制約することのできる考え方だ」と指摘しています。
現在習近平国家主席は「反腐敗闘争」を行っていますが、腐敗で追求されるのは政敵ばかりで、彼は決して自分の仲間を追求しようとしません。
これでは結局はrule of law ではなく rule by law で統治することになるために、決して中国の統治が安定することにつながらないのです。
最後にフクヤマが指摘するのは選挙などを含む「説明責任」(Accountability)の問題です。大使はこの本では「多様化する国民の関心と利益を吸い上げ、政策として実行できるものの考え方」と書いていることにつながります。
習近平国家主席は国民による選挙を行うつもりがあるようには見えませんし、逆に人権派の弁護士やジャーナリストを拘束していることを新聞ではみかけます。
強い国家、法による支配、説明責任の3つの要素がうまくバランスすることで有効な政治が行われるはずなのですが、現在の中国には「強い国家」、大使のいう「共産党の統治能力」の一本道しか存在しないのです。
果たして中国において経済が失速し、社会の不安定化が進んだときに本当に「共産党の統治能力」だけでやっていけるのでしょうか。
私も疑問に思います。
というわけで中国において共産党が崩壊することはほとんど避けることができず、問題はいつそれが起こるのかという問題にとってかわったのです。
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