今回北朝鮮で粛清された玄永哲という人物がどのような立場の人物であったのか。韓国の『中央日報』の日本版に次のように書いていました。
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玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長は北朝鮮の対ロシア窓口だった。このため、張成沢(チャン・ソンテク)の粛清が朝中関係に良くない影響を及ぼしたように、玄永哲の粛清で朝露関係に赤信号がついたという分析が相次いでいる。
米下院外交委員会専門委員を務めたデニス・ハルピン・ジョンズ・ホプキンス大韓米研究所研究員は14日(現地時間)、自由アジア放送(RFA)のインタビューで、「金正恩(キム・ジョンウン)はロシア戦勝節を迎えてモスクワ訪問を約束した後、その約束を破り、ロシア訪問から帰国した軍部のナンバー2をすぐに銃殺した」とし「ロシアの目に金正恩はおかしな人物として映るだろう」と述べた。また「金正恩が張成沢を処刑した後、朝中関係が疎遠になったように、玄永哲を処刑したことで朝露関係が歪む可能性もある」と予想した。
http://japanese.joins.com/article/400/200400.html?servcode=500§code=500&cloc=jp%7Cmain%7Cinside_right
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つまり金正恩は、中国との窓口であった張成沢とロシアの窓口である玄永哲両方とも粛清してしまったわけです。
実はこのような粛清は、彼の祖父である金日成もやっていました。金日成は外国にそそのかされた者が自分を排除することを怖れてソ連派や中国派の人々を粛清したわけですが、問題はここからです。
外国に連なると考える人物を粛清した金日成は、ソビエトと中国を天秤にかける「二股外交」を展開します。ドン・オーバードーファーの『2つのコリア』には次のように書かれています。
「61年7月彼(金日成)はモスクワに行き、フルシチョフに『友好協力相互援助条約』を結ぼうと説く。そして分断の朝鮮半島でまた戦争が起きたら助けにきてほしいと懇願した。フルシチョフは金日成を反中国の仲間に引っ張ろうと狙っていた。合意が出来ると、金日成は中国に向かい中国指導者にモスクワと結んだ条約を示し、これに対応する条約を持ちかける。中国指導者らは応じ、朝ソ条約と同様の条約に署名した」
これと同じやり方で金日成はソ連と中国から多額の援助をも勝ち取るのです。
金日成のこの外交がうまくいった背景には「中ソ対立」という中国とソ連の激しい対立が存在しました。
この環境のお陰で金日成は自分に有利な条約や援助を勝ちとったのです。
ところが現在の状況においては「中ソ対立」は存在しません。もしかしたら中ソ蜜月の可能性すらあるのです。
中ソを天秤にかけることなどほとんど不可能です。
というわけで、金正恩は祖父の金日成を真似て周りの人々を粛清したのはいいのですが、金日成の時のような「中ソ対立」は存在しないため、さらなる孤立を招きそうな状況です。
